NOKID編集部
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カプコンの2026年3月期決算が話題になったとき、多くの見出しが追いかけたのは新作の話でした。2月に出た『バイオハザード レクイエム』が全世界で600万本を突破した、と。たしかに派手で、わかりやすい数字です。
ですが、同じ決算資料の少し奥に、もっと静かで、もっと不思議な数字が載っています。
その年にカプコンが売ったゲームは合計5,907万本。そのうち、その年に出た新作ではなく、過去に発売済みのソフト(同社がリピートタイトルと呼ぶもの)が4,946万本を占めていました。割合にして、約8割です。話題をさらった『レクイエム』の600万本より、何年も前に出た旧作たちの積み上げのほうが、はるかに大きいのです。
これは、カプコンはIPが強いから、のひと言で片づけられがちな現象です。でも、その説明は半分しか当たっていません。優れたゲームを作る力があるのは間違いない。問題は、強い作品を作ることと、その作品を10年売り続けることは、まったく別の能力だということです。
この記事では、カプコンの決算資料(有価証券報告書)をもとに、旧作が売れ続ける裏の主役の正体を分解します。そして、それが大企業だけの特権なのか、自分の事業にも移せる部分があるのかまで踏み込みます。
ここで先に、この記事の結論を3点だけ示しておきます。
カプコンが旧作で稼げるのは、過去に作った資産を毎年売り直して積み上げているからです。その年の新作だけに頼らないため業績の波が小さく、利益率も高く保たれています。販売本数の約8割を旧作が占めるという事実が、その構造を端的に表しています。
まず言葉の整理からです。リピートタイトルとは、過去の期に発売済みで、その後も売れ続けている同じ商品のことを指します。新しく作り直す話でも、続編を出す話でもありません。
ここはよく混同されるので、はっきり分けておきます。『バイオハザード』の新作を出すのは新作。旧作を現行ハード向けに作り直すリメイクも、発売した時点では新作です。一方、すでに発売済みのソフトが翌年以降も売れ続けたら、それがリピートタイトルになります。同じ商品が、時間をかけて売れ続けている状態のことです。
たとえば前期の2月に発売された『モンスターハンターワイルズ』は、この期には新作ではなくリピートタイトルとして扱われ、累計販売本数が1,100万本を突破しました。発売した年に売り切るのではなく、翌年以降も売れ続けて積み上がっていく。同じシリーズの過去作『モンスターハンターライズ』なども、引き続き販売を伸ばしています。一本のソフトが、何年もかけて売上を生み続ける。この時間軸の長さが、カプコンの収益構造を理解する鍵になります。
旧作の存在感は、数字にすると際立ちます。2026年3月期、カプコンのゲーム年間販売本数5,907万本のうち、リピートタイトルは4,946万本でした。前期の3,949万本から、1年でおよそ1,000万本も増えています。比率にすると約84%、つまり販売本数のおよそ8割が旧作という計算になります。
注目すべきは、これが利益の質に直結している点です。カプコンは決算資料のなかで、採算性の高いリピートタイトルの販売が続伸したことが、ROE(自己資本利益率)22.1%の安定的な維持につながったと説明しています。新作開発には2年以上の期間と多額の費用がかかりますが、すでに完成している旧作を売り直すコストはずっと小さい。だから、売れれば売れるほど利益率が高くなります。
旧作の販売が利益構造の土台になっている。これが、カプコンが13期連続で営業増益を続けられている背景のひとつです。
カプコンの旧作が売れ続けるのは、IPの魅力だけが理由ではありません。強い作品を作る力と、その作品を売り続ける力は別物だからです。
カプコンはIPが強いから旧作も売れる。この説明の、どこが足りないのでしょうか。IPが強いというのは、要するに魅力的な作品を作る力があるということです。これは事実で、否定する理由はありません。ですが、強い作品が自動的に10年間売れ続けるわけではないのです。世の中には、発売時に高く評価されたのに数年で店頭から消えていったゲームが山ほどあります。傑作だから売れ続ける、わけではない。
見落とされているのは、この売り続ける力のほうです。カプコンの本当の凄みは、優れた作品を一度のヒットで終わらせない仕組みを持っていることにあります。では、その仕組みとは具体的に何なのか。4つに分けて見ていきます。
カプコンが旧作を売り続けられるのは、4つの仕組みが噛み合っているからです。新しいハードへ売り直す、時間をかけて価格を動かす、別メディアで存在を思い出させる、低コストで回す基盤を持つ。この4つが連動して、ひとつの好循環をつくっています。順に見ていきます。
ひとつめは、新しいゲーム機が出るたびに過去作を載せ直すことです。2026年3月期、カプコンは新型機Nintendo Switch 2 に向けて、過去作の展開を拡充し、ユーザー層の拡大に弾みをつけたと述べています。一度完成させたソフトを、新しいハードを買ったばかりの人たちに、改めて届ける。ゼロから作るのに比べれば、移植にかかるコストはわずかです。新しいハードが登場するたびに、旧作が新しい買い手と出会う機会が生まれる、という構造です。
ふたつめは、発売してからの時間を味方につける価格の設計です。カプコンは、機動的な価格施策によってゲームソフトの長期販売と収益の安定化を図ると説明しています。発売直後は定価で売り、時間の経過とともに値下げやセールで価格を下げていく。新作のときに高いと感じて見送った人を、安くなったタイミングで取り込みます。しかも同社はデジタル販売を強化しており、在庫を抱えるリスクがありません。だから、旧作を何年でも棚に置いたまま、セールのたびに利益率の高い追加の売上を立てられます。
ここで効いているのは、値下げを損失ではなく、新しい客層へのアクセスとして設計している点です。定価で買う人と、半額になってから買う人は、もともと別の客層です。時間差で価格を変えることで、ひとつのソフトから何度も売上を引き出せる。在庫リスクのないデジタルだからこそ、この長期戦が成立します。
3つめは、おそらく最も巧妙な仕組みです。ゲームの外で話題を作り、旧作の需要を再点火させます。
わかりやすい例があります。『デビル メイ クライ』シリーズの過去作は、2025年4月に配信されたNetflixのアニメとの連携や、それに合わせた価格施策によって販売を伸ばしました。アニメで初めてこの世界に触れた人が、原作ゲームを買いに戻ってくる。そういう導線が意図的に作られています。
eスポーツも同じ役割を果たします。『ストリートファイター6』は、大会展開や新型機への移植を続けたことで、累計販売本数が全世界で600万本を突破しました。決勝大会の来場者は過去最高の2万人。大会で盛り上がるたびに、ゲーム本体への関心が掘り起こされます。
カプコンはこれをワンコンテンツ・マルチユースと呼びます。ひとつのIPを映像やeスポーツやグッズに展開し、そのたびに本体ゲームの存在を思い出させる。露出が宣伝で終わらず、旧作の売上に返ってくる設計になっているのが肝です。
4つめは、ここまでの3つを利益が出る形で回すための土台です。
カプコンは自社開発エンジンRE ENGINEを持っています。共通のエンジンを内製していることで、旧作のリメイクや新ハードへの移植を、外注に頼らず低コストかつ高品質で量産できます。同社は研究開発・設備投資の74.5%をデジタルコンテンツ事業に振り向けており、開発投資額そのものも年548億円規模まで拡大しています。デジタル販売中心であることも効いていて、流通のマージンや在庫リスクがない分、旧作を売るほど利益が残ります。
ただし、ここは誤解を避けたいところです。RE ENGINEそのものが旧作を売ってくれるわけではありません。あくまで、上の3つの仕組みを安いコストで回すための基盤です。土台があるから、移植も価格施策も無理なく続けられる、という関係です。
これら4つは、いかにも大企業らしい話に見えるかもしれません。では、これはカプコンの規模だからできることなのでしょうか。次に、その点を切り分けます。
では、この4つの仕組みのうち、自社に持ち帰れるのはどこまでなのでしょうか。ここで多くの人が「どうせ大手だからできることだ」と考えて、話を打ち切ってしまいます。ですが、その一言で片づける前に、ひとつ分けて考えるべきことがあります。規模に依存して真似できない土台と、規模に関係なく移植できる発想を切り分ければ、何を持ち帰れるかが見えてきます。
4つの仕組みは、ひとつひとつを見れば特別なものではありません。移植も値下げもメディア露出も、多くの企業が手をつけられます。なのにカプコンほど効かせられる会社が少ないのは、仕組みを支える土台の差です。
土台は3つあります。ひとつめは、厚いIPカタログという母数。露出や移植で売り直す弾が、そもそも豊富にあります。同社は253タイトルを244の国や地域に販売しており、この層の厚さがループの前提になっています。ふたつめは、自社エンジンによる移植の安さ。RE ENGINEの内製がなければ、移植のたびにコストがかさみ、利益が出ません。3つめは、デジタル販売比率の高さ。在庫リスクなしで旧作を長く棚に置き、セールも一斉に打てます。
この3つが揃って初めて、4つの仕組みが利益を生みながら回ります。逆に言えば、どれかが欠けるとループは止まります。
正直に切り分けましょう。カプコンの強さには、規模がなければ成立しない部分があります。
同社は毎期100名以上の開発人員を増やし続け、保有すべき現預金の水準を3年分の開発費用を目安に設定しています。600万本級の新作を継続的に生み出す力も、この体力あってこそです。先ほどの厚いIPカタログも、長年この開発力を回してきた結果の産物です。ここを中小企業がそのまま真似するのは、現実的ではありません。背伸びして模倣しても、体力負けするだけです。
ただし、ここで「だから規模が違えば無理だ」と話を止めてしまうと、持ち帰れるものまで取りこぼします。真似できないのはこの体力の部分だけです。切り分けたうえで、体力に依存しない発想のほうへ目を向ければいい。
一方で、規模に関係なく持ち帰れる発想もあります。むしろ本質はこちらです。
移せるのは次の4つです。
これらはゲーム業界に限った話ではありません。たとえば一冊の本を、紙だけでなく電子書籍やオーディオブック、要約版へと展開するのは、過去作を新ハードへ載せ直すのと同じ発想です。過去に開催したセミナーを録画教材として売り続けるのも、SNSでバズった投稿を起点に旧商品の関心を呼び戻すのも、構造は同じです。いずれも、すでに作り終えたものを別の入り口から再び売る、という考え方です。
型として一般化すると、こうなります。新規ヒットを作る。別メディアで露出を絶やさない。露出のたびに移植や価格施策で売り直す。それを低コストの供給基盤で利益率を保ちながら回す。そして次のヒットへつなげる。このループの考え方自体は、ゲーム業界でなくても、規模が小さくても応用できます。あなたの事業の過去の資産を、棚に眠らせたままにするか、このループに乗せるか、ということです。
ただし、どんな仕組みにも前提があります。最後に、この好循環が崩れる条件を見ておきます。ここを見ないと、ただの成功礼賛で終わってしまうからです。
この好循環は永久に回るものではありません。新作という燃料、ブランドという資産、ハードサイクルという外部環境。カプコン自身が決算資料で挙げるリスクを軸に、仕組みが止まる3つの条件を見ておきます。
最大の前提は、リピートタイトルの母数が過去の新作ヒットだということです。
売り直す弾は、もとをたどれば新作です。新作を生み出す力が衰えれば、何年か遅れて、売り直す在庫そのものが先細っていきます。カプコン自身も、一部の人気シリーズに販売が集中する人気シリーズへの依存をリスクとして明記しています。旧作頼みは、新作を作り続ける力とセットでしか成立しません。つまり、新作と旧作は対立するものではなく、両輪なのです。
自社に置き換えるなら、こう問えます。あなたの事業は、売り続ける資産を生み出す力を保てているか。既存資産の運用に気を取られ、新しい資産を生む投資が止まっていないか。
ふたつめは、繰り返しの副作用です。
カプコンはゲームソフトの陳腐化をリスクとして挙げています。露出や値下げは強力な武器ですが、繰り返しすぎればブランドが消耗し、どうせまた安くなるという安売りの印象を残しかねません。価格を下げるタイミングと、メディアに露出させる頻度。この設計を誤ると、せっかくの仕組みが逆に働き、IPの価値をすり減らす方向に作用します。武器であると同時に、扱いを誤れば諸刃の剣だということです。
自社に置き換えるなら、値引きやキャンペーンの頻度はブランドを削っていないか、と問えます。短期の売上のために、資産の価値そのものを安売りしていないか。
3つめは、外部環境への依存です。これは前の2つと違い、決算資料がリスクとして明記しているわけではありません。ここまでの分解から導かれる、もうひとつの前提です。
過去作を新ハードへ売り直すという仕組みは、新しいゲーム機が登場することに支えられている面があります。裏を返せば、新型機が出そろってしまった後の端境期や、移植先となるハードが乏しい時期には、この仕組みの推進力が弱まります。自分でコントロールできない外部のサイクルに、売上の一部が左右される。これは構造上、避けにくい弱点です。
自社に置き換えるなら、売り直しの導線を外部のプラットフォーム頼みにしていないか、と問えます。特定の販路やSNSの仕様変更ひとつで、資産を再び売る経路が断たれないか。
この3つのリスクに共通するのは、4つの仕組みが永久機関ではないということです。新作という燃料、ブランドという資産、ハードサイクルという外部環境。どれかが欠ければ、好循環は減速します。だからこそ、カプコンの継続販売は放っておいても回るものではなく、絶えず燃料と手入れを必要とする仕組みなのだと理解しておくべきです。これは、自社に応用するときにも同じく当てはまる前提です。
ここまで見てきたことを、ひと言に戻します。
カプコンの旧作が売れ続けるのは、優れたIPを作る力と、それを売り続ける仕組みの、両輪が回っているからでした。仕組みは才能ではなく設計です。だからこそ、規模に関係なく移せる部分がある。一方で、新作を生み続ける体力という前提が外れれば、この好循環は崩れます。
そのうえで、最後に問いを置きます。あなたの会社の裏の主役は何でしょうか。一度売って終わりにしている商品、コンテンツ、ブランド、顧客資産。それを売れ残りとして棚に眠らせているのか、それとも育てる対象として売り続ける仕組みに乗せているのか。カプコンの決算が教えてくれるのは、新しいヒットを生む力と同じくらい、すでに持っている資産を売り続ける設計が効くということです。
「うちにはカプコンのような規模がない」と感じたなら、その"無理"がどこにかかっていたのかを、もう一度確かめてほしいと思います。真似できないのは体力の部分であって、資産を売り続けるという設計そのものではありませんでした。規模の話と、設計の話は別だったのです。
ひとつだけ、数字の読み方に注意を添えておきます。本記事の約8割は販売本数に占める割合であり、売上高や利益の8割という意味ではありません。そしてリピートタイトルが伸びる前提には、常に過去の新作ヒットがあります。新作を生む力あっての旧作だという点は、見落とすべきではありません。

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