NOKID編集部
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京都を歩けば、一度は目にしたことがあるはずです。
手鏡をのぞき込む、黒髪の女性の横顔。よーじやのあぶらとり紙のあの絵柄は、京都土産の代名詞として、おそらく日本でいちばん有名な「顔」のひとつでしょう。修学旅行のお土産で配られ、雑貨屋の棚に並び、観光ガイドの定番として紹介されてきました。
その完成され尽くした顔が、2025年、手鏡の中から全身で抜け出しました。
名前は「よじこ」。長く絵のままだった彼女が、手足を持ち、表情を変え、動き出したのです。違和感を覚えた人もいるかもしれません。あれだけ知られたアイコンを、なぜ今さら作り替える必要があったのか、と。
その答えは、可愛さの話ではありませんでした。よじこが鏡から抜け出した背景には、「これだけ知られているのに、売れない」という、よーじやが直面した切実な現実があります。そしてこれは、京都の老舗だけの物語ではありません。
この記事では、よじこを手がかりに、「知名度はあるのに伸びない」というブランドの正体と、積み上げた強みを捨てずに立て直す道筋を、構造として読み解いていきます。
よーじやは1904年創業の京都の老舗で、あぶらとり紙を看板に「京都土産といえばよーじや」という全国的な知名度を築きました。ブランドの認知という一点では、すでに頂点に立っていたのです。一方、看板の顔だったよじこは1965年の誕生から長く絵のままでした。
看板商品のあぶらとり紙が一気に広まったのは、1990年代のことでした。あるテレビドラマをきっかけにブームが起こり、京都を訪れた観光客がこぞって買い求める定番土産になります。観光地の一等地に店を構え、土産需要に応えるなかで、よーじやの名前は全国の隅々まで行き渡っていきました。
「よーじやを知らない」という京都の観光客を探すほうが難しい。知名度という一点では、これ以上ないほどの高みに立っていたのです。
よじこの始まりは、意外と古いものです。
あの手鏡を持つ女性が、あぶらとり紙の表紙絵として誕生したのは1965年。半世紀以上にわたって、よーじやのパッケージや看板を飾り続けてきました。ただし、彼女はあくまで「絵」でした。動くこともしゃべることもなく、静かにブランドの象徴として佇んでいたのです。
その絵に「よじこ」という名前が与えられたのは、創業120周年にあたる2024年のことでした。よじこという名前と新ビジュアルは、よーじや公式が発表しています。
生まれてから名前がつくまで、およそ60年。それだけ長いあいだ、彼女は名もなきアイコンとして愛されてきたわけです。
転機は2025年のリブランディングでした。
よーじやは、絵本作家でありイラストレーターの坂崎千春氏を起用します。Suicaのペンギンを手がけたことで知られるあの作家です。坂崎氏の手によって、手鏡に映る顔だけだったよじこは、現代風に生まれ変わり、全身姿で活動の場を広げることになりました。
ここで重要なのは、よーじやが旧来の手鏡デザインを捨てなかったことです。商品や店頭では従来の意匠を残しつつ、新しいよじこと新ロゴはコーポレートの場面で使う。そういう棲み分けを選びました。
この「両方を残す」判断には、実は深い意味が隠れています。それは後ほど詳しく見ていきましょう。
ただ、ここで一つの疑問が残ります。完成されたアイコンを、なぜわざわざ今動かしたのか。理由は、その華やかな知名度の裏で進行していた、ある異変にありました。
知名度の高さは、売上の安定をまったく保証しませんでした。よーじやの売上は京都を訪れる観光客に大きく依存し、繰り返し買う日常のファンに支えられていなかったからです。日本中が知るブランドに、何が起きたのか。
2020年、コロナ禍が観光地を直撃しました。
よーじやが受けた打撃は、想像を絶するものでした。代表の國枝昂氏は、コロナ禍で売上が最大97%減という厳しい状況に直面したと振り返っています。100あった売上が、3まで落ちたということです。
単なる景気後退では、こうはなりません。日本でいちばん名の知れた京都土産ブランドのひとつが、ほぼ一夜にして売上の大半を失ったのです。
知名度は、危機の盾になりませんでした。
これだけ広く知られていれば、多少の逆風は耐えられる。そう考えたくなりますが、現実はその逆でした。なぜ、これほどまでに脆かったのでしょうか。
崩落の正体は、よーじやの顧客構造にありました。
売上は、京都に来る観光客に大きく依存していました。國枝氏は、京都の街に人がいなくなったとき、地元客との接点がいかに希薄だったかに気づかされたと語っています。広報を担う出野氏も、パンデミックによる観光客の減少で売上が97%減少し、店舗はほとんど閉めざるを得なかったと振り返ります。
ここに、知名度の落とし穴があります。よーじやを知らない人はいない。けれど、「いま必要だから買う」という日常の固定客は、薄かったのです。
知っていることと、買い続けることは、まったく別物でした。
全員が名前を知っていて、その多くが観光のついでに一度立ち寄る。観光というきっかけが消えた瞬間、売上を支えるものは残らなかったのです。
なぜ、こんな構造になってしまったのか。
皮肉なことに、それは成功の代償でした。1990年代、あるテレビドラマをきっかけにあぶらとり紙が一大ブームとなり、よーじやは一気に全国区になります。あぶらとり紙を買うために京都を訪れる人が押し寄せ、祇園本店では1日で1200万円を売った日もあったといいます。観光客向けの店として、徹底的に最適化されていったのです。
知名度を上げれば上げるほど、「観光のときに買うお土産の店」というイメージは強化されていきました。その裏側で、地元の人が日常的に立ち寄る理由や、若い世代が自分のために買う動機は、育たないままでした。
これは、よーじや固有の不運として片づけられません。「知られているのに売れない」という現象は、多くのブランドが形を変えて抱えている問題です。では、なぜそれは起きるのでしょうか。
「知られているのに売れない」の正体は、確立した知名度が次の世代へ手渡されていないことにあります。よーじやの名は全盛期を知る世代に強く刻まれましたが、その認知は若い世代へ引き継がれませんでした。ブランドは、顧客と一緒に静かに老いていきます。
知名度という言葉は、総量で見ると大事なものを見落とします。
「認知率80%」と聞くと盤石に思えます。けれど、その80%が誰なのかを世代別に分解すると、まったく違う景色が見えてきます。よーじやの場合、あぶらとり紙ブームを体験した世代には、ブランドが強烈に刻み込まれていました。一方で、より若い世代にとっては、「親が使っていた、ちょっと古い店」になりかけていたのです。
同じ「知っている」でも、世代によって中身が違います。
上の世代にとっては憧れや愛着を伴う知名度。下の世代にとっては、古さや他人事を伴う知名度。この二つは、同じ数字には収まらない、別物の認知なのです。
ここで誤解してほしくないことがあります。
よーじやが「京都といえばあぶらとり紙、あぶらとり紙といえばよーじや」というニッチを築き上げたこと自体は、まったく正しい戦略でした。だからこそ、これだけの知名度を獲得できたのです。特定の領域で圧倒的な第一想起を取る。これはブランド構築の王道であり、成功と呼ぶべき成果です。
成功が成長を殺したのではありません。
勝ち方は正しかった。問題は、その勝利を手にした「次」に何をしたか、という一点にあります。確立した強みそのものは、今も価値を失っていないのです。
停滞の本当の原因は、ここにあります。
確立した知名度を、次の世代へと手渡す接点を、よーじやは設計してこなかった。一度築いた認知が、ひとりでに若い世代へ受け継がれると、どこかで思い込んでいたのかもしれません。けれど、認知は放っておいて継承されるものではないのです。
多くの企業は、購買力のある30代以降をターゲットに据えます。短期的には、これはきわめて合理的な判断です。いま最もお金を使ってくれる層に向き合うのは当然のことでしょう。
しかし長期で見ると、この発想には落とし穴があります。今の顧客だけを見ていると、顧客は自社と一緒に歳を重ね、新しい層は入ってこない。
ブランドは、顧客と一緒に静かに老いていきます。
次の世代へのリーチを同時に仕込んでおかなければ、どれだけ高い知名度も、世代の境目を越えられずに負債へと変わっていくのです。
この罠は、いくつもの顔を持っています。
ひとつは、認知度信仰です。「これだけ知られているのだから安泰だ」という思い込み。けれど見てきたとおり、知名度は買う理由を保証しません。よーじやの97%減が、それを証明しています。
ふたつめは、商品力信仰です。「いいものを作れば、いつかは売れる」という信念。品質は確かに大切ですが、その良さを次の世代へ手渡す接点がなければ、存在に気づかれないまま終わります。
みっつめは、好調期の油断です。「今は売れているのだから、変える必要はない」という安心。けれど好調なときこそ、依存構造は温存され、改革のタイミングは静かに過ぎ去っていきます。
形は違っても、根っこは同じです。確立した強みを、次の世代へ手渡す設計を忘れているのです。
では、途切れてしまった接点を、どうやって作り直すのか。よーじやが出した答えが、まさに鏡から抜け出したよじこでした。
よじこのキャラクター化は、可愛くするためではありません。手鏡の絵では作れなかった、若い世代と出会うための接点を新しく開く一手でした。よーじやが打った手を、順に分解していきます。
手鏡の中の絵と、動くキャラクター。この違いは、見た目以上に本質的です。
静止した絵は、基本的に「見て終わる」ものです。パッケージに印刷され、棚で目に入り、それで関係は完結します。一方、全身を持って動くキャラクターは、SNSで投稿され、グッズになり、他ブランドとコラボし、店頭で来場者を迎える。つまり、能動的に「出会える」存在になります。
絵は飾るもの。キャラクターは、出会うものです。
よじこを動かすという決断は、ブランドと若い世代が出会うための入口を、新しく作り直す行為でした。手鏡の中で完結していた関係を、外へと開いたのです。
ここで一つ、勘違いしやすいポイントを押さえておきます。
「可愛いキャラクターを作れば人気が出る」という考えは、半分しか当たっていません。よじこの再デザインが本当に狙ったのは、可愛さの更新よりも、接点の獲得でした。坂崎千春氏という親しみやすい作風の作家を起用したのも、若い世代がブランドに触れる入口を、できるだけなめらかにするためです。
可愛いキャラクターを作ること自体は、ゴールではありません。
可愛さは、接点を機能させるための手段です。入口を魅力的にすることで人が入ってきやすくなる。その先に、ブランドとの継続的な関係を設計できて初めて、キャラクターは仕事をしたことになります。
よじこは、あくまで入口です。よーじやが本当に変えようとしているのは、その奥にある事業構造でした。
國枝氏は、よーじやを「おみやげの店」から「おなじみの店」へ転換すると掲げています。一度きりの観光客から、繰り返し通う日常の顧客へ。そのために新商品の開発スピードを上げ、京都の外へも店舗を広げてきました。2025年3月のリブランディング後には、関西以外で初となる福岡・天神地下街への出店も果たしています。
この転換は、早くも数字に表れています。リブランディング前の24年7月期に約22億7000万円だった物販店舗の売上高は、25年7月期に前年比約20%増となりました。
よじこという親しみやすい入口と、日常で出会える販路。この二つはセットです。
狙いは明確です。観光客頼みの一見客モデルから、世代を超えて繰り返し買ってくれる固定客モデルへ。その転換の先頭に、よじこが立っているのです。
よじこがやっているのは、ブランドの言葉の置き換えです。
「あぶらとり紙の、ちょっと古い京都の店」という上の世代に通じる説明を、よじこは「いま会いたくなる、親しみやすいキャラクターのいる店」という若い世代に通じる説明へと置き換えます。古い看板をそのまま見せても若い世代は素通りしますが、よじこのグッズやSNS投稿を入口にすれば、同じブランドの魅力が新しい世代の目に留まる。世代で響く言葉が変わっても、キャラクターが両者のあいだをつなぎ直すのです。
ただし、長年の顔を変えれば必ずうまくいく、というほど単純な話ではありません。世代を継ぐことに成功したブランドと、変化に失敗して老いていくブランドの分かれ道は、どこにあるのでしょうか。
よーじやは旧来の手鏡デザインを商品や店頭に残したまま、新しいよじこをコーポレートに使う「両建て」を選びました。既存ファンを手放さず、若い世代との接点だけを足す。リブランディングの成否を分けるのは、変える勇気よりも何を残すかの判断です。
よーじやのリブランディングで、最も賢明だったのはこの点です。
新しいよじこと新ロゴをコーポレート向けに使う一方で、1965年に誕生した旧デザインは、引き続きあぶらとり紙をはじめとした製品や店頭で活用していくとしています。全部を新しくするのを避け、新旧を併走させる。これを「両建て」と呼ぶことにしましょう。
なぜ両建てなのか。すべてを一気に刷新すると、既存ファンが慣れ親しんだ顔を失い、離れてしまうリスクがあるからです。
| 一気に刷新 | 両建て | |
|---|---|---|
| 既存ファン | 慣れた顔を失い離反のリスク | 従来の意匠が残り安心 |
| 新しい世代 | 新鮮だが歴史の重みが消える | 新しい入口から流入 |
| ブランド資産 | 積み上げをリセット | 積み上げを保全しつつ更新 |
変えるべきは、すべてではありません。
積み上げてきた知名度という資産を守りながら、新しい接点だけを足していく。この引き算と足し算の設計が、両建ての知恵です。
よじこの刷新に対しては、SNSで賛否両論が集まり話題となりました。
一方には、以前のデザインのほうが京都らしくて好きだった、という惜しむ声。もう一方には、可愛くなって親しみやすい、という歓迎の声。正反対の反応が、同時に噴き出したのです。
この賛否は、実は失敗のサインではありません。
惜しむ声の多くは、よーじやの全盛期を知る世代から。歓迎する声の多くは、新しくブランドに出会う世代から。つまりこの賛否そのものが、世代の分断を可視化しているのです。両方の世代が反応したという事実は、むしろ接点が機能し始めた証拠だと読むこともできます。
賛否が割れたのは、ブランドが世代の境目に、ちょうど立っている証拠なのです。
世代を超えて生き続けるブランドには、共通点があります。
たとえば不二家のペコちゃんは、親・子・孫の三世代にわたって接点が途切れていません。時代に合わせて少しずつ姿を変えながら、どの世代にとっても「身近な存在」であり続けてきました。世代の接点を、絶やすことなく更新し続けてきたのです。(企業キャラクターの世代継承については企業キャラクター活用の成功事例もあわせてご覧ください)
逆に、強みを一気に捨てて刷新し、既存ファンも新規も同時に失ってしまうケースは少なくありません。
老いないブランドは、世代の接点を更新し続けている。老いるブランドは、確立した知名度の上であぐらをかき、手渡しを忘れている。この差が、長く愛されるかどうかを決めるのです。
この構造は、京都の老舗だけの話ではありません。あなたの会社の「次の世代との接点」は、いま、どうなっているでしょうか。
自社で取り組むなら、まず知名度を世代別に分解し、どこで手渡しが途切れたかを見つけることから始まります。旧来の強みは残したまま、別ラインで新しい接点を足す。ここからは、よーじやの事例から抽出できる原則を、規模の大小に関係なく使える形に整理していきます。
最初の一歩は、自社の現在地を正しく把握することです。
自社の顧客や知名度を、年齢・世代別に分解してみてください。どの世代に支えられていて、どの世代に届いていないのか。コア顧客の平均年齢が、この5年でどう推移したのか。そこに、手渡しが途切れた地点が見えてきます。
明日からできることは、顧客の年齢構成を一枚の表にしてみることです。
多くの会社が、この当たり前の分解をしていません。総量の知名度や売上だけを見て、世代の偏りに気づかないまま時間が過ぎていきます。
診断ができたら、打ち手の設計に移ります。
ここでよーじやの両建てが効いてきます。旧来の強み――ロゴ、看板商品、長年の意匠は、壊さずに残す。そのうえで、新しい接点は別のラインとして足していく。既存顧客を不安にさせずに、新しい世代への入口だけを増やせます。
そして、その接点は「見て終わり」ではなく「能動的に出会える」形にすることが肝心です。
SNS、キャラクター、体験イベント、他ブランドとのコラボ。若い世代が自分から関わりたくなる入口を選ぶ。捨てる勇気より、残しながら足す設計のほうが、はるかに難しく、はるかに有効です。
ここが、最も見落とされやすい原則です。
購買力のある30代以降に向き合いながら、同時に次の世代へのリーチも仕込んでおく。短期の売上と、長期の世代基盤は、二者択一ではありません。両方を並行して進められます。
問題は、次世代向けの施策が「今すぐには儲からない」という理由で、後回しにされがちなことです。
次の世代は、いま種を蒔かなければ育ちません。収穫だけを求めて種まきを怠れば、数年後に畑は空になります。短期の数字に追われるときこそ、長期の接点に小さく投資し続ける姿勢が問われるのです。
最後に、この変化を組織で実現するための順序です。
世代交代への投資は、社内ではなかなか優先順位が上がりません。今の数字が悪くないと、危機感が共有されないからです。人を動かすには、二つをセットで示す必要があります。危機の証拠と、希望の物語です。
危機の証拠とは、自社版の「97%減」にあたるデータ。たとえばコア顧客の平均年齢が年々上がっているという事実です。希望の物語とは、よーじややペコちゃんのように、世代の手渡しに取り組んだ実例です。
データだけでも、物語だけでも、人は動きません。
冷たい数字が危機感を生み、温かい物語が「うちにもできる」という確信を生む。この両輪がそろって初めて、組織は次の一歩を踏み出せるのです。
手鏡から抜け出したよじこは、可愛さのために生まれ変わったのではありません。知名度も、商品力も、好調な数字も、次の世代へ手渡さなければ、いつか届かなくなる。その断絶を埋めるための接点を、ブランドが老いる前に作り直す。よじこの全身は、その意思の表れでした。
60年動かなかった顔が動いたのは、よーじやが「おみやげの店」から「おなじみの店」へ、自らを翻訳し直す決意を固めたということです。
もしあなたのブランドが「知られているのに、なぜか売れない」という壁に突き当たっているなら、自社の知名度を世代別に分解してみてください。手渡しが途切れた地点が見えたとき、よじこが鏡から抜け出した理由が、自分ごととして腑に落ちるはずです。
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