NOKID編集部
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スニーカー、腕時計、Tシャツ。街を歩いていると、あの「風船と少女」や「花束を投げる男」を見かけることがあります。世界一有名な覆面アーティスト、バンクシーの作品をあしらったコラボ商品です。
多くの人が、なんとなくこう思っています。これだけ堂々と売られているのだから、きっと本人公認なのだろう、と。
ところが、その認識はおそらく間違っています。話はもっと奇妙です。あるとき、世界的アパレルブランドが出したバンクシーのコラボ商品に対して、バンクシー本人が「あれは盗みだ」と公然と非難しました。それでも、その商品は違法ではありませんでした。
本人が「盗み」と呼ぶ。でも合法。この矛盾は、いったいなぜ起きるのでしょうか。
答えを追っていくと、現代アートの著作権と商標権をめぐる、断崖のような場所にたどり着きます。そして最後には、企業がクリエイターと組むときに本当に確かめるべきことが見えてきます。
先に、この記事でわかることをまとめておきます。
順番に解いていきましょう。

バンクシー本人が、自分の作品を使ったブランドに対して公然と「盗み」だと非難した事件がありました。2022年のGUESSとのコラボをめぐる騒動です。
事の発端は、一通のプレスリリースでした。
2022年秋冬シーズン、アメリカのアパレルブランドGUESSが、バンクシーのグラフィティにインスパイアされた新しいカプセルコレクションを発表しました。Brandalisedという会社との提携で、メンズ・ウィメンズ・キッズ向けのTシャツやスウェット、コート、フェイクファーのアウターまでをそろえられ、ロンドンの目抜き通りリージェント・ストリートにあるGUESSの旗艦店にも並びました。
GUESSは、これをBrandalisedとの正式な提携によるコラボレーションとして発表していました。ブランド側にとっては、あくまで手続きを踏んだ企画だったわけです。
ところが、肝心のバンクシー本人は、まったく違う受け止め方をしていました。
異変が起きたのは、その直後でした。バンクシー本人が反応したのです。
"Attention all shoplifters. Please go to Guess on Regent Street. They've helped themselves to my artwork without asking, how can it be wrong for you to do the same to their clothes?"
出典:Instagram
約1,400万人のフォロワー(当時は約1,150万人)を持つ本人のInstagramに、GUESS店舗の写真とともに「万引き犯のみなさんへ。リージェント・ストリートのGUESSへ行ってください」という挑発的な投稿が上がりました。続けて、彼らは許可なく私の作品を使った、あなたが彼らの服に同じことをして何が悪い、と書き添えています。
世界的アーティストが、自分の作品を使った店に向けて、客に万引きをけしかける。投稿は瞬く間に拡散し、60万を超える「いいね」が付きました。
これは単なる嫌味ではなく、許可なく作品を使われたことへの本気の抗議でした。本人にとって、GUESSのコラボは作品の盗用だったのです。
呼びかけられた側のGUESSの反応は、素早く、そして慌ただしいものでした。フォロワーによる報復行動を避けるための、緊急の店じまいでした。

店員はウィンドウのバンクシー作品を覆い隠し、客には未購入の商品を棚に戻すよう求めました。目撃者によれば、店員はマネキンからコレクションの服を慌てて剥がしていたといいます。約1,150万人のフォロワーによる報復行動を避けるための、緊急の店じまいでした。
ここで奇妙なことに気づきます。本人がこれだけ怒り、店がここまで追い込まれても、GUESSのコレクションそのものが「違法だから回収せよ」とはなりませんでした。店を閉じたのは炎上への対応であって、法的な敗北ではないのです。
GUESSは、ある会社を通じてバンクシー作品を正規に商品化していました。バンクシー本人ではない、別の会社を。その会社の名前を知ると、謎の入り口が見えてきます。
参考:Guess unveils collection with graffiti by Banksy - FashionUnited/Banksy calls out fashion brand Guess - The Art Newspaper/Banksy calls to shoplifters - The Daily Telegraph

GUESSのコレクションも、日本で売られているバンクシーのコラボ商品も、その多くは「BRANDALISED(ブランダライズド)」という名前を経由しています。これはバンクシー本人とは資本も契約もつながりのない、第三者のライセンス会社によるグラフィティアートプロジェクトです。
BRANDALISED(プロジェクト)を運営しているのは、イギリスのFull Colour Black(FCB)という会社です。2007年に設立され、ストリートアートの画像を小売業者に商業ライセンスすることを専門とする会社で、バンクシーの作品を含む多数のグラフィティを扱っています。
ただし、バンクシー本人やそのチームとは、資本のうえでも契約のうえでもつながりがありません。
つまりBRANDALISED経由のコラボ商品は、バンクシー本人がゴーサインを出したものではありません。ここを多くの人が取り違えています。
本人側の公式な立場は、はっきりしています。バンクシー作品の真贋を認証する公式機関「ペストコントロール(Pest Control Office)」は、バンクシーの著作権と人格権を保護・行使するために本人が指定した主体です。同機関もバンクシーも、作品を第三者の商業利用にライセンスすることはないと明言しています。
本人公認のコラボ商品は、原則として存在しないという立場です。興味深いのは、GUESS事件のときのBRANDALISED側の反論です。
皮肉なのは、バンクシー自身がもともと「押しつけられる広告は受け手のものだ、取って作り変えていい」という反広告の思想を掲げてきたことです。彼は著書『Wall and Piece』のなかで、企業広告の文化を痛烈に批判し、公共空間の広告について「見るか見ないかを選べない広告はあなたのものだ。許可を求めるのは、頭に投げつけられた石を返してくれと頼むようなものだ」と書いています。
自由な流用を是としてきた本人の作品が、いまは本人の許可なく商品化されている。かつて彼が広告に向けた論理が、そのまま彼自身に返ってきているようにも見えます。
かつて彼が広告に向けた論理が、そのまま彼自身に返ってきているようにも見えます。本人の理念が、本人の作品を商品化する側の盾にもなりうる。この皮肉な構図そのものが、バンクシーをめぐる権利問題の難しさを表しています。
この構図は海の向こうの話ではありません。日本でも、BRANDALISEDを経由したコラボ商品が複数のジャンルで登場しています。

日本発のクラフトスニーカーブランドSANGACIO(サンガッチョ)は、BRANDALISED経由でバンクシーの「風船と少女」「Loveラット」を本革ハンドメイドのスニーカーに落とし込んだ日本限定コラボ商品を展開しています。(現在は販売ページが削除されています。)
スニーカーだけではありません。時計ブランドのテンデンスも、バンクシー作品を商品化する権利を持つFull Colour Black社のBRANDALISED™とのコラボレーションとして、「BALLOON GIRL」「HIPHOP RAT」などをダイヤルに表現したモデルを発売しています。
アパレル、スニーカー、時計と、ジャンルを問わずに広がっているのは、合法的に使用する権利を持つ会社を通じて世に出ているからです。
ここで素朴な疑問が浮かびます。本人と無関係の会社が、なぜ「合法的に使用する権利」を持てるのでしょうか。その鍵は、バンクシー自身があるものを失ったことにあります。

世界一有名なアーティストが、自分の作品の権利をうまく行使できずにいます。その理由は、彼が貫いてきた匿名性そのものにありました。顔を隠したことが、権利を手放す代償になったのです。
2020年9月、EUの知的財産庁にあたるEUIPOは、バンクシーの代表作「Flower Thrower」の商標登録を、悪意(bad faith)による出願だとして無効と判断しました。
理由は、彼自身のスタイルに深く関わっています。EUIPOの判断によれば、この作品は公共の場に描かれたグラフィティで、誰でも自由に撮影でき、バンクシー自身がサイトで高解像度版を提供してダウンロードを促していたというのです。
自ら作品を広く配り、複製を許してきた。その事実が、独占的な権利を主張する妨げになりました。
さらに決定打となったのが、バンクシー自身の行動でした。商標を維持するには、その商標を実際に商売で使う意図が必要です。ところがバンクシーは、商標の係争に勝つためだけに、ロンドン郊外クロイドンに「GDP(Gross Domestic Product)」という店を開いたと自ら認めてしまいました。
この行動について、相手方の弁護士は商標を独占しようとする悪意の試みであり、著作権法と商標法を回避するものだという主張を補強したと語っています。「Copyright is for losers(著作権は負け犬のためのもの)」という、彼自身が掲げてきた反・著作権の信条までもが、ここでは不利に働きました。法の保護を嫌うと公言してきた人物が、いざ自分の作品を守ろうとして法に頼った。その矛盾を突かれた格好です。
ではなぜ、彼は素直に著作権で作品を守らなかったのでしょうか。ここに匿名性の代償が凝縮されています。
著作権は本来、作品が生まれた瞬間に自動的に発生します。バンクシーの作品にも著作権はあるはずです。けれども著作権を主張するには、自分こそがこの作品の作者だと名乗り出る必要があります。匿名を貫く彼にとって、それは正体を明かすことと同じです。匿名性が、彼が本来受けられるはずの著作権保護を主張することを妨げている。だから彼は著作権ではなく商標で守ろうとし、その商標も崩れた。結果として、作品の権利を強く行使できる人が、事実上いなくなってしまったのです。
顔を隠し続けることと引き換えに、彼は自分の作品を法的に囲い込む力を手放した。これが「顔を隠した代償」の正体です。
公平のために付け加えておくと、この係争はバンクシーが一方的に負け続けているわけではありません。2022年11月には、EUの審判部が「Laugh Now」(サンドイッチボードを下げた猿)の商標について、それまでの無効判断を覆しました。バンクシー側、正確にはペストコントロールが逆転勝訴し、匿名を保ったまま商標を守れる結果になったケースです。
それでも全体の構図は変わりません。匿名であるかぎり、権利の主張には常に大きな穴がつきまといます。その穴を通って、第三者の商品化が成立しているのです。
ここまでで「なぜ合法なのか」は見えてきました。けれど多くの人がもう一段つまずくのが、「著作権」と「商標権」がごちゃ混ぜになることです。整理しておきましょう。

GUESSは炎上して店を閉めた一方、同じBRANDALISEDを経由した日本のSANGACIOのスニーカーやテンデンスの時計は、何事もなく売られ続けています。経由する会社も法的な根拠も同じなのに、片方だけが燃えた。この違いを追うと、合法と公認はまったく別物だという結論にたどり着きます。
GUESSのケースが突きつけるのは、見落としやすい順序の問題です。
まず確認しておきたいのは、GUESSは何も違法なことをしていないという事実です。BRANDALISEDを通じて正規にバンクシー作品を使い、法的には完全に合法でした。にもかかわらず、本人に「盗み」と名指しされた瞬間、ブランドは炎上し、旗艦店を閉じ、ニュースとして世界中に拡散しました。
ここで効いてくるのが、前の章で出てきた著作権の構造です。財産権のライセンスを得れば、作品を商品に使うこと自体は合法になります。けれど著作権には、作者の人格に結びついた部分が別にあって、こちらは誰にも譲れません。たとえ正規のライセンスがあっても、作者本人が本意ではないと感じる余地は、常に残ります。
バンクシーがGUESSに向けた怒りは、この感覚のずれから生まれたものでした。そして消費者が反応したのは、紙の上の正しさではなく、本人の怒りのほうだった。だから合法であることは、炎上を防いではくれなかったのです。合法という土台の上に、もう一段別の条件が乗っている。そのことをGUESSは身をもって示しました。
では、なぜSANGACIOやテンデンスは燃えなかったのか。三者とも合法で、同じ会社を経由しているのに、結果だけが分かれました。
違いは法律ではありませんでした。GUESSが使ったのは、ロンドンの目抜き通りリージェント・ストリートの旗艦店という、最も人目につく舞台です。世界的ブランドが一等地のショーウィンドウで大々的に展開したことで、コラボは嫌でも本人の目に入る規模になりました。
大きく、派手で、本人に無断で。だからこそ本人が反応し、炎が上がったと考えられます。
対してSANGACIOは本革ハンドメイドのスニーカー、テンデンスは時計のダイヤルという規模の小さな出方でした。本人がいちいち反応するほどの舞台ではなかったとも言えます。
つまり、コラボ商品が炎上するかどうかを分けたのは、合法か違法かという軸ではありません。
本人の感情を逆撫でしたか、その神経に触れたかどうかでした。同じ会社を経由していても、本人の目にどう映るかで結果は割れるということかもしれません。
ここから引き出せることは、シンプルですが見落とされがちです。
私たちは、合法でありさえすれば安全だと考えがちです。契約を交わし、ライセンスを得て、法的に問題のない状態を作る。それで準備は整ったと思ってしまう。けれどバンクシーのコラボ商品が示すのは、その先にもう一つ問いがあるという事実です。本人はこれを公認しているのか、という問いです。
GUESSは前者をクリアして、後者を確かめませんでした。その結果が、店舗閉鎖と世界規模の炎上でした。合法だから大丈夫という言葉は、ブランドを守る盾にはならなかったのです。
もし作品の作者と直接、正規に組むことができれば、本人は怒っていないかという不安そのものが消えます。本人が最初から関わっているコラボは、公認であることがそのまま信頼につながる。
合法か違法か、ではありません。本人が認めているか、いないか。この一点を設計の中心に置けるかどうかで、コラボの結末は変わります。バンクシーという特殊な事件が最後に残すのは、すべてのコラボに効く、この問いの切り替えです。
第三者のライセンスを経由するか、本人と直接組むか。その選択について、別の記事でクリエイターと正規に組んだコラボの事例を取り上げています。あわせてチェックしてみてください。
最初の問いに戻りましょう。バンクシー本人が「盗み」と呼ぶコラボ商品が、なぜ合法的に店頭に並ぶのか。
答えはこうです。許可を出すべき本人が、顔を隠したまま、権利を強く行使できる立場から事実上いなくなってしまったから。匿名を貫いた代償として生まれた権利の穴を通って、第三者のコラボ商品が世に出ているのです。
ここから持ち帰ってほしいのは、たった一つの視点の切り替えです。コラボ商品を前にしたとき、そして自分がコラボを仕掛ける側に立ったとき、問うべきは「これは合法か」ではなく「本人が公認しているか」だということ。
私たちは合法と公認を、つい同じものだと思ってしまいます。けれどバンクシーのコラボ商品は、その二つがくっきり分かれる世界があることを教えてくれます。公認は、当たり前にそこにあるものではありません。誰かが確かに認めて、はじめて生まれるものなのです。
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1000件以上の映像制作実績を誇る株式会社NOKIDの編集部メンバーが監修。キャラクター・アニメーション分野のノウハウやトレンドの活用手法の紹介が得意です。