NOKID編集部
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筆者が最初に「ヴィンランド・サガ」を見たとき、作画もストーリーも一級品、キャラクターの心理描写も繊細で、なによりテーマがものすごく深い印象を持ちました。これと同時に、ライトな作品が人気の日本では話題になりづらいとも感じました。
実際、「日本と海外のアニメ人気ランキングを比較!評価される作品の違いをプロが分析」で紹介した通り、国内での知名度や話題性は、他のヒットアニメに比べると明らかに劣っていました。
ところが、海外では真逆の評価でした。Netflixの視聴データでは、『鬼滅の刃』を上回る再生時間を記録し、ファン投票サイトなどでも「史上最高レベル」の評価を受けています。
もちろんSNSでも作中のセリフがバズり、キャラクターの言葉に影響を受けた声が数多く見られました。
なぜ日本と海外でここまで差が出たのでしょう?その理由をより深く探るため、筆者は国内外の反応や文化的な背景を徹底的に調べてみました。
こうして分かったのは、本作品が「海外視聴者にとって馴染み深い舞台や設定になっており、それを支える日本視点のシナリオと映像のクオリティがある」ということです。
舞台となる北欧・ヴァイキング文化は、彼らにとっては“祖先の物語”として親しみがあります。そしてそこに、日本的な感覚が融合しています。だからこそ、海外視聴者にとって新鮮でありながらも興味を持たれやすかったのかもしれません。
そこで今回は、アニメ「ヴィンランド・サガ」が日本より海外で圧倒的に評価されて人気となった理由を分析し、アニメ作品の海外展開のヒントとなるよう紹介していきます。
原作となる漫画「ヴィンランド・サガ」は、表面的にはヴァイキングを描いた歴史漫画に見えますが、実際は現代人にも通じる普遍的な人間成長の物語です。単なるバトル・アクション作品ではなく、「本当の戦士とは何か」「真の強さとは何か」を深く探求する哲学的な作品なのです。
本作品は、幸村誠氏によって描かれた日本の漫画作品です。11世紀初頭の北ヨーロッパとその周辺を舞台に、当時世界を席巻していたヴァイキングたちの生き様を描いた時代漫画として、2005年から連載が開始されました。タイトルの「ヴィンランド」は、北アメリカ大陸にあったとされるヴァイキングの入植地の名前で、作品の最終目標地となっています。
作品の根底にあるのは、「本当の戦士とは何か」という哲学的な問いです。
主人公トルフィンは、父親トールズから「本当の戦士には剣は要らない」「お前には敵など居ない。誰にも敵など居ない」という教えを受けます。この教えの真の意味を理解するまでの長い旅路が、作品全体のテーマとなっています。
暴力による解決から、平和的解決への価値観の転換が物語の核心部分です。
つまり、最初は「強さ=暴力」だと信じていた主人公が、本当の強さは「誰も傷つけないこと」だと気づくまでの物語です。時代は1000年前でも、人間の成長の本質は現代と変わりません。
本作品は、文化庁メディア芸術祭マンガ部門の「第13回 大賞」、「第25回 審査委員会推薦作品に選出」など、その芸術的価値も高く評価されています。2019年と2023年にはアニメ化もされ、国内外で大きな反響を呼んでいます。2024年には舞台化も実現し、原作者の幸村誠も「僕が描きたいものをきちんと物語にしてくれていた」とコメントしています。
つまり、ヴィンランド・サガは歴史を舞台にしながら、現代人にも通じる普遍的な人間成長の物語として構築された、深い哲学的テーマを持つ作品なのです。
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冒頭でお伝えした通り、アニメ「ヴィンランド・サガ」は、日本より海外で圧倒的に人気が高いという現象を起こしています。これは制作国である日本での評価が低いという意味ではありません。
海外の方が、この作品の真価をより深く理解できる環境にあるからです。
Netflix公式データの2023年春期の新作アニメ視聴時間を見ると、ヴィンランド・サガシーズン2は5,510万時間を記録しています(シーズン1は4,930万時間)。
同時期の「鬼滅の刃」刀鍛冶の里編(4,050万時間)と比較してみると、海外視聴者の圧倒的な支持を物語っています。
出典:What We Watched: A Netflix Engagement Report - Netflix
映画やテレビ番組に関する世界最大級のオンラインデータベース「IMDb」では、ヴィンランド・サガのシリーズ全体評価は「8.8/10」という高評価を獲得しています。
特にシーズン2最終話「End of the Prologue」は「9.9/10」という、アニメエピソード史上最高評価を記録しました。これは日本でも人気となった「ブレイキング・バッド」の最終回と同等の評価です。
他にも、以下のように多くのところで評価されています。
2020年のCrunchyroll Anime AwardsではBest Drama部門で受賞し、ファン投票から選ばれるAnime Trending Awardsでは年度大賞を含む三冠を達成しています。
これらの賞は、業界関係者だけでなく「ファン投票」による受賞も含まれているため、総合的に評価の高い作品だと言えるでしょう。
ヴィンランド・サガが海外で人気な理由は、単なる歴史への興味ではありません。ヴァイキング文化が欧米人にとって、血縁的につながった「自分たちの祖先の実話」だからです。
実際、海外の研究機関などでは、サガ文学の記述と実際の考古学的発見を詳細に照合する研究が活発に行われているテーマであり、日本人が平安時代の物語に感じる親近感と同じレベルの話なのかもしれません。
11世紀のデンマーク、ノルウェー、アイスランドは、現在の欧米諸国の直接的な祖先にあたります。登場人物のクヌート王やトルケルも実在した人物です。
他にも、ニューファンドランド島のランス・オ・メドー(L'Anse aux Meadows)で発見されたヴァイキング入植地の遺跡は、作品の舞台とも関連しています。50年以上この遺跡を研究してきた著名な考古学者ビルギッタ・ウォレス氏は、以下のように述べています。
「"But it is definitely the early 11th century, which, of course, is the time described in the Vinland Sagas."(しかし、それは間違いなく11世紀初頭であり、もちろん、13世紀の歴史文書ヴィンランド・サガに記述されている時代です。)」
引用:L'Anse aux Meadows archaeologist shares story of Vikings in North America - The Viking Herald
この実際の考古学的発見が、現代作品「ヴィンランド・サガ」の舞台設定の歴史的根拠となっています。
このように、馴染み深い文化や舞台設定である点は海外視聴者からの興味を集めやすいと言えるのではないでしょうか。
参考:The Norse in Newfoundland: L'Anse aux Meadows and Vinland - Newfoundland Studies
ヴィンランド・サガの価値は、西洋の歴史を東洋的感性で描いたことにあるのかもしれません。西洋人に「自分たちの文化の新しい見方」を提供し、これまでにない発見と感動を生み出しているのです。
幸村誠氏の描くヴァイキング文化は、アイスランドサガの英雄的描写を日本的な観点と人間観察の深さを加えて表現しています。実際に「Beyond Time & Culture: The Revitalisation of Old Norse Literature and History in Yukimura Makoto's Vinland Saga」という学術論文が発表され、作品の文化的意義が学術的に認められています。
近年の「Vikings」TVシリーズ(Netflix)や「The Northman」映画の成功により、ヴァイキング文化への関心が既に高まっていました。そこに、日本人という「外部の目」から描かれた新鮮なヴァイキング物語が登場したのでタイミングも良かったと言えます。
実際に、戦国時代などを海外の視点で表現した映画もあるように、違った視点から見ると新鮮な感覚を味わえます。
つまり、海外視聴者は本作品を「エンターテイメント」としてだけでなく「自分たちの文化的ルーツの再発見」として受け止めているのかもしれません。
参考:“Beyond Time & Culture: The Revitalisation of Old Norse Literature and History in Yukimura Makoto’s Vinland Saga”. Mutual Images Journal, no. 2, Mar. 2017, pp. 185-17, https://doi.org/10.32926/2017.2.DAN.beyon.
ヴィンランド・サガの「敵なんていない」という哲学的なメッセージは、海外視聴者にとって単なるセリフではなかったのかもしれません。現代社会で苦しむ人々にとって、娯楽作品が現実社会の問題解決ツールとして使われている極めて珍しい現象なのです。
2023年には、TikTokで「I have no enemies(俺に敵なんていない)」ハッシュタグの付いた関連投稿が溢れ、これをきっかけに作品を視聴したり、考え方を取り入れる人は少なからず増えたでしょう。
昔も今も政治的対立、SNS(コミュニティ内)での炎上、人種差別、国際紛争など、あらゆる場面で「敵」を作りがちです。それぞれの戦争の悲惨さを目の当たりにしてきた人々にとって、反戦メッセージは深い共感を呼ぶのではないでしょうか。
最初は何となく暇つぶしに視聴していても、その人の生き方を見ているうちに「本当にそういう生き方ができるんだ」と気づいて真似したくなるのです。
日本では目立った宣伝活動がなかったことや、作品自体が万人受けしづらいことが影響したためか、同時期の人気作品と比較して大きく見劣りする結果となっています。主要アニメランキングでも上位入りを果たせず、話題性の面で完全に後れを取っています。
こうした背景には、文化的な相性や配信・宣伝戦略、テーマへの共感という点で日本はマッチしづらいことが考えられます。これらの要因が重なり合って、日本発の作品が海外でより深く愛される結果となったのではないでしょうか。詳しく見ていきましょう。
日本でヴィンランド・サガの人気が低い理由は、作品の質とは無関係です。むしろ、日本のアニメ市場が「豊かすぎる」ことが原因なのです。選択肢が多すぎると、人間は逆に良いものを選べなくなるという心理学的現象が起きています。
日本では1クールが放送されている間にも何十本という新作アニメが放送されます。視聴者は限られた時間の中で何を見るか選ばなければならず「選択疲れ」を起こしてしまいます。重厚で時間をかけて楽しむ作品は、この激しい競争環境では不利になりがちなのです。
シーズン2放送時期(2023年1月-6月)は、「鬼滅の刃」刀鍛冶の里編、「呪術廻戦」渋谷事変編、「チェンソーマン」など、ヒット作品が同時期に集中していました。限られた視聴時間を巡る影響を受けたことも考えられるでしょう。
日本では人気ランキングにニッチなジャンルが入りづらいのも、こうした環境が影響を与えているのではないでしょうか。
日本でヴィンランド・サガが十分に理解されない理由は、単なる歴史知識の違いではありません。11世紀ヨーロッパとキリスト教文化への馴染み深さが、作品の核心部分の理解度を根本的に左右しているのです。
作品の根底には、キリスト教的な「罪と赦し」「贖罪と救済」という概念があります。トルフィンの心理変化、アスケラッドの信仰観、クヌート王の統治哲学は、すべてキリスト教文化圏の価値観を前提としています。しかし、仏教・神道文化圏の日本では、これらの概念は表面的にしか理解されません。
日本の歴史教育では、同時期の平安時代(源氏物語、平将門の乱など)が重視され、ヨーロッパ中世史への関心は相対的に低くなっています。11世紀ヨーロッパという時代設定は、日本の視聴者にとって文化的に遠い存在です。
また、西洋では祖先の文化として親しまれているヴァイキングも、日本では「略奪者」「野蛮人」という表面的な理解にとどまることが多く、作品の文化的背景への理解が浅くなりがちです。
これは、日本の茶道を外国人が見る状況と似ています。動作は理解できても「わび・さび」の精神や背後にある思想までは、文化の理解が欠かせません。ヴィンランド・サガも同様で、表面的なストーリーは分かっても、宗教的・文化的な深層部分は理解しにくいのです。
海外では学術研究使用される例が多数報告されている一方、日本では学術的評価や教育活用例はほとんど見られません。海外ファンコミュニティでの宗教的・哲学的考察の深さと比較すると、日本での議論は表面的レベルにとどまっています。
つまり、文化的背景の違いが、作品の真の価値を理解する上での根本的な障壁となっているのです。
参考:アニメ『ヴィンランド・サガ』2期は2023年1月放送 - 電撃オンライン
ここまでのポイントをまとめます。
ヴィンランド・サガのアニメ作品が海外で評価され大人気となった理由は、歴史的・文化的背景への馴染み深さや真似したくなる哲学的メッセージ、専門家たちが評価する作品の圧倒的なクオリティ、そして視聴者と「接点を持つ」配信戦略が同時に機能したからこそです。
日本では「他のアニメ作品の選択肢が豊か」という一見ポジティブな要素が裏目に出ただけであり、馴染み深い作品が多い中で注目・理解を集めづらかったためと筆者は結論づけました。
それぞれのエリアや常識によって、興味を持たれやすい=視聴されやすい点や、ストーリー・設定へのスムーズな理解に差があることを考慮する必要はあるものの、作品の価値は実写と同じく前提です。
「どのように興味を持ってもらうか」によって、その作品にどれだけの人が触れてくれるかが決まるため、テレビCMのようにエリア的な制限を受ける宣伝手法に限定せず、SNSを活用したショートアニメによる話題作りにも目を向けてみてください。
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