2026.05.20

2026.05.20

ハイアット40万円と極楽湯18店舗──体験型IPコラボの最新事例

2026年の夏、グランドハイアット東京は1泊40万円のポケモン宿泊プランを発表しました。120平米のスイートに、ピカチュウが30匹。同じ年の春、極楽湯・RAKU SPAは全国18店舗で呪術廻戦コラボを一斉展開し、コラボ風呂8種類と声優の撮り下ろし館内放送を実装しました。

少し時を遡れば、2023年に東急歌舞伎町タワーがエヴァンゲリオン仕様の客室フロアを開業し、2022年にはホテルニューオータニが鬼滅の刃と全国6拠点で組んでいます。

これは偶然ではありません。価格も規模もまったく違うこれらの事例には、ひとつの共通する設計思想が流れています。ファンをもう観客のままにしておかない、という思想です。

グッズを買って眺めるだけだったコラボから、コラボカフェに1〜2時間立ち寄るコラボへ。そしていま、ファンが観客の席を立ち、作品の中の登場人物として身体ごと世界に入る…そんな事例が相次いでいます。これが、いま広がっている体験型IPコラボの姿です。

なぜいま、ファンは観客を辞めたのか。事例の数字に何が表れているのか。そして、あなたのブランドはこの波にどう乗ればよいのか。事例とデータから、ひとつずつ解いていきます。

体験型IPコラボに見る「観客から登場人物」への変化

いま広がっている体験型IPコラボは、突然現れたわけではありません。2020年のダイドー鬼滅缶3週間5,000万本、毎週生まれ続けるコラボカフェの行列、そして2026年のハイアットや極楽湯。3つの段階を順に追うと、ファンが「観客」から「登場人物」へと立ち位置を変えていく流れが見えてきます。

持ち帰るコラボ──ダイドー鬼滅缶5千万本

最初の段階は、商品にIPの世界を載せる形でした。お菓子、文房具、缶コーヒー、Tシャツ。パッケージに描かれた絵柄でファンの手元に作品を届ける、わかりやすい設計です。

代表例として記憶に新しいのが、2020年10月のダイドードリンコと鬼滅の刃のコラボでしょう。ダイドーブレンドの45周年記念として発売された3商品28種類のデザイン缶は、約3週間で累計販売本数5,000万本を突破しました。コンビニや自販機、量販店で売れ続け、縮小傾向にあった缶コーヒー市場全体の中で、異例のヒットを記録しています。

このとき、ファンに用意された体験は「商品を持ち帰って眺める」というシンプルなものでした。世界観の入口には触れているのですが、世界の中に入っているわけではありません。

ファンは、まだ作品の外側に立っていたのです。

参考:アニメ「鬼滅の刃」×「ダイドードリンコ」 約5年ぶりの待望コラボ - ダイドードリンコ

立ち寄るコラボ──毎週増えるコラボカフェ

次に登場したのが、コラボカフェという形式です。期間限定で店舗をIPカラーにジャックし、特別メニューと装飾でファンを迎えます。お皿に描かれたキャラクター、テーブルクロスのモチーフ、店内に流れる限定BGM。1〜2時間という滞在時間のなかで、ファンは作品の空気に包まれます。

渋谷や池袋では、毎週のように新しいコラボカフェがオープンしている状況です。

SNSで拡散されるたびに行列ができ、整理券が発行され、関連グッズはその日のうちに完売することも珍しくありません。ファンは席に着いて料理を撮影し、グッズを購入して帰っていきます。

商品を買うだけのグッズコラボと比べると、1〜2時間の滞在という時間軸が加わった分、明らかに一歩深い体験です。ただ、それでもまだ「立ち寄る」範囲にとどまっていました。テーブルの向こう側に作品の世界があり、自分はそれをカメラ越しに眺める側にいます。

世界の中に身体を置くという感覚は、ここではまだ生まれていなかったのです。

関連記事:ギンビスがたべっ子どうぶつの「MEETS(カフェ)」を作って何の意味があるの?事例を分析

入りこむコラボ──ハイアットと極楽湯

そして、いま広がっている体験型コラボは、これまでの延長線上にはありません。ファンは作品の世界に身体ごと入ります。1泊2日のホテルなら関与時間は24時間、半日の温浴施設なら3〜5時間。時間も空間も、作品に染められる体験です。

グランドハイアット東京の40万円スイートでは、客室のカーテンやシーツ、限定メニューまでがポケモンの世界の延長として設計されています。極楽湯・RAKU SPAの18店舗では、声優の撮り下ろし館内放送、8種類のコラボ風呂、限定マフラータオル、シールラリーが組み合わされていました。客室や浴場が、丸ごとひとつの作品世界として組み立てられています。

ここでファンは、作品の世界を眺める観客ではなく、その世界に住む登場人物として時間を過ごします。

こうした体験型コラボは、具体的にどう設計されているのか。2つの代表事例に、その文法が表れています。

参考:ポケモン30周年宿泊プラン - グランドハイアット東京

参考:呪術廻戦5周年×極楽湯・RAKU SPA第3弾 - 極楽湯ホールディングス

ホテルと温浴施設で同時に起きているIPコラボの異変

2026年に同時並行で動いた2つのコラボは、ホテル型と温浴型という対極の業態にもかかわらず、同じ設計思想で動いていました。1つは高単価×少数のホテル型、もう1つは中単価×大規模の温浴型。価格も規模もまったく違うのに、ファンを「登場人物」にするという思想は完全に共通しているのです。

ハイアットの40万円ポケモンスイート

2026年6月20日から8月26日まで、グランドハイアット東京は最高クラスの客室をポケモンの世界に塗り替えました。120平米のチェアマンスイートが1泊40万円、42平米のスタンダードルームが1泊7万1,500円から。スイートは1日1室、スタンダードは1日8室と、供給は極端に絞られています。

部屋には30匹のピカチュウが配置され、くさ・ほのお・みずタイプのモチーフで装飾が組まれました。限定メニューや専用グルメバーガーといった食事までが、世界観の延長として用意されています。

これは突然始まった現象ではありません。

東急歌舞伎町タワーの開業に合わせて2023年4月から7月にかけて運用されたエヴァンゲリオン仕様の客室では、シンジ、レイ、アスカ、マリ、カヲルの5パイロットをモチーフにした3タイプの部屋が用意されました。ホテルニューオータニも2022年に鬼滅の刃と全国6拠点でコラボを展開し、エレベーターホールから廊下まで作品の世界で塗りつぶしています。

エヴァのコラボルームについては、comforts.jpの記者が現地を取材し、装飾の再現度の高さを確認しています。壁紙やシーツに作品ビジュアルが乗っているだけでなく、空間そのものが作品の世界として組み立てられているのです。これが、高単価ホテル型のたどり着いた到達点です。

ファンは作品を客席から眺めるのをやめ、作品の中で1泊する側に回っています。

参考:麗しの東京ステイ① エヴァコラボルーム取材 - comforts.jp

参考:鬼滅の刃×ホテルニューオータニ全国6拠点 - ホテルニューオータニ

極楽湯18店舗が同時に呪術廻戦の世界に

出典:呪術廻戦5周年×極楽湯・RAKU SPA第3弾 - 極楽湯ホールディングス

もう一方の極にあるのが、温浴チェーンによる大規模同時展開です。極楽湯ホールディングスは2026年4月29日から5月26日までの期間、全国18店舗で呪術廻戦5周年の第3弾コラボを一斉に展開しました。用意された仕掛けは、ホテル型に勝るとも劣らないものです。

呪術師のイメージカラーで設計されたコラボ風呂8種類、虎杖悠仁役の榎木淳弥さんによる撮り下ろしの館内放送、場面写ポスターに添えられた「領域展開『湯ノ作法』」という独自のネーミング。マフラータオルは虎杖・伏黒・釘崎・七海・五条の5種類が用意され、Xでは「#極楽じゅじゅやすみ」のハッシュタグキャンペーンも組み合わされました。

温浴チェーンのIPコラボは、呪術廻戦だけにとどまりません。

同じ極楽湯では、初音ミクをはじめとするピアプロキャラクターズが6店舗で同時展開され、ARフォトスポットが設置されました。家族向けでは、2026年2月から3月にかけて名探偵プリキュア!と極楽湯のコラボが12店舗で実施され、参加型企画「名探偵プリキュア!テスト」が組み込まれています。

温浴型に共通するのは、ファンが半日その空間に滞在し、作品の音と装飾と仕掛けに包まれていく設計思想です。ホテル型が1泊という長時間関与で深さを作るのに対し、温浴型は滞在の濃度と店舗数の多さで、深さと広さを同時に取りに行っているのです。

参考:初音ミク×極楽湯6店舗 - 極楽湯ホールディングス

参考:名探偵プリキュア!×極楽湯12店舗 - 東映アニメーション

2事例に共通する3つの仕掛けは顧客接点の深さ

40万円のスイートと、18店舗の温泉。価格帯も規模もまったく違う設計です。それなのに、両者を観察すると同じ文法が現れます。体験型IPコラボに共通する、3つの仕掛けです。

① 身体ごと入る空間

1つ目の仕掛けは、ファンを身体ごと作品の中に入れてしまう空間設計です。客室の壁紙、シーツ、カーテン、浴室の装飾、館内放送、限定の照明。視覚と聴覚という五感のうちの大きな2つが、ほぼ完全に作品の世界に支配される構成になっています。

ファンの周囲360度を作品で囲うこと。これが、立ち寄るコラボカフェとの最も大きな違いです。コラボカフェではテーブルの向こうに作品があり、自分は外側からそれを眺めていました。体験型IPコラボでは、ファン自身が世界の中央にいます。

② 主人公にする小道具

2つ目の仕掛けは、ファンを主人公にする小道具です。マフラータオル、限定グッズ、ARフォトフレーム。物販グッズの体裁を取りながら、ファンが「自分は今、作品の登場人物だ」と感じる時間を作る役目を担っています。

マフラータオルを首に巻いた瞬間、ファンは観客から虎杖や伏黒の世界の住人になります。ARで初音ミクと記念撮影をした瞬間、その写真の中でファンは作品の登場人物として立っています。グッズとして売れることを超えて、ファンがなりきれるかが、設計の中心に据えられているのです。

③ 長時間関与の時間設計

3つ目の仕掛けは、長時間にわたる関与時間の設計です。ホテルなら1泊2名、温浴なら半日。短くても3時間、長ければ24時間という時間設計が、コラボカフェ(1〜2時間)との決定的な差を生みます。

1時間と24時間では、世界観への没入の深さが文字通り桁で違います。寝て、起きて、風呂に入り、食事をする。日常生活そのものが作品の世界の中で行われる。これが、体験型コラボの関与時間設計が目指している境地です。

3つの仕掛けは、別々のIPでも、別々の業態でも、繰り返し採用されています。空間で囲い、小道具で主人公感を演出し、長時間で関与を深める。体験型IPコラボは、この3つの設計原則の上に成り立っています。

そしてこうした動きは、単発のブームではありません。背景には、3つの構造変化が同時に進んでいます。

体験型IPコラボを生んだのは3つの日本社会の変化?

体験型IPコラボがいま急速に広がっているのは、偶然ではありません。ファン側の欲求の変化、IP側の収益事情、社会全体の人口縮小──3つの構造変化が同時に進んでいるからです。

実際、日本のキャラクタービジネス市場は2024年度に2兆7,773億円に達し、アニメ産業全体は3兆8,407億円を超えました。両者を牽引しているのが、ホテルや温浴と組んだ体験型コラボです。

訪日客の7.5%が聖地を訪れた現実

SNSが普及した結果、ファンはいつでも作品と接触できるようになりました。スマホを開けば、好きなキャラクターが画面の向こうにいる。本来であれば、それだけで欲求は満たされそうなものです。

ところが、現実は逆の方向に動いています。SNSで擬似的に作品に触れられるようになったからこそ、ファンは「リアルに会える同空間体験」をより強く求めるようになっているのです。

矢野経済研究所の2025年調査も、キャラクタービジネス市場の拡大要因として、権利者によるタッチポイント(顧客接点)の創出を挙げています。物販だけでは市場が伸びず、ファンが作品に触れる場所そのものを増やすことが、市場全体を動かしています。

訪日旅行でも、同じ動きが起きています。観光庁の訪日外国人消費動向調査(2023年)によれば、訪れた外国人のうち7.5%(約187万人)が「映画・アニメゆかりの地を訪問」したと回答。さらに10.9%が次回訪日時に聖地巡礼を希望しており、海外のファンがわざわざ作品の舞台のために来日する時代に入っています。

体験型IPコラボは、この「会いに行きたい」欲求の最適な受け皿となっています。

参考:キャラクタービジネスに関する調査を実施(2025年) - 矢野経済研究所

参考:訪日外国人消費動向調査 2023年年次報告書 - 観光庁

アニメ制作市場で元請の6割が業績悪化

同じ構造変化は、IPを供給する側でも進んでいます。アニメ業界の決算を見れば、その変化は明らかです。

帝国データバンクの2025年調査によると、2024年のアニメ制作市場は3,621億円と過去最高を記録しました。ところが同時に、元請の60%が業績悪化に陥っているのです。市場は伸びているのに、制作現場は苦しい。これが、業界で「利益なき繁忙」と呼ばれる構造です。

一方で、アニメ産業全体は3兆8,407億円に到達し、海外市場は前年比126%という急成長を見せています。国内市場が1兆6,705億円に対して、海外市場は2兆1,702億円。すでに海外のほうが大きいという状況です。

この数字が指し示しているのは、アニメ制作そのもので稼ぐよりも、IPの世界観をライセンスとして貸し出すほうが収益の柱になる時代の到来です。体験型IPコラボは、IPホルダーにとって新しい収益の流れを作る、戦略的な選択肢になりつつあります。

関連記事:「届いていない」を政府も認めた——クールジャパン16年、届かなかった構造の正体

参考:アニメ産業レポート2025 速報値 - 日本動画協会

参考:アニメ制作市場 動向調査2025 - 帝国データバンク

50万人台が消える人口減少をきっかけとする労働制約

3つ目の構造変化は、もっと大きな話になります。日本社会そのものが、いま変わりつつあるという事実です。

総務省の人口推計によれば、日本の総人口は2026年4月時点で1億2,286万人。前年同月比で54万人の減少と、近年は年間50万人台のペースで縮小し続けています。

経済産業省の2026年版中小企業白書は、この変化を「労働供給制約社会の到来」と表現しました。同白書は、経営環境の転換期において現状維持こそ最大のリスクだと明記し、企業に対して労働投入量当たりの労働生産性=稼ぐ力を高める方向への転換を求めています。

ここからは筆者の解釈です。

人口が減っていく社会では、マスを取りにいくマーケティングは効きが鈍くなります。視聴者の絶対数が減れば、テレビCMも雑誌広告も、一度に多くの人へリーチする発想そのものが成立しにくくなるからです。

だからこそ企業は、数で取るマーケティングから、ファン1人あたりの関与を深めるマーケティングへとシフトせざるを得ない。1泊40万円のスイートも、18店舗を同時に動かす温浴コラボも、ファン1人を「登場人物」にすることで深さを作る、その戦略転換の先鋭的な解です。

では、自分のブランドはこの波にどう乗ればよいのか。最後にその問いを考えていきましょう。

参考:人口推計 - 総務省統計局

参考:2026年版中小企業白書・小規模企業白書 - 経済産業省 中小企業庁

事例と社会変化から学ぶ、体験型IPコラボの始め方

ハイアットも極楽湯も、最初からこの形を狙ったわけではないはずです。手元の資産を、ファンの体験時間に組み替えていった結果です。場所、時間、仕掛けという3つの問いに自社で答えていければ、業態を問わず体験型IPコラボの入り口は見えてきます。

ハイアットと極楽湯の事例から3つの問いを抽出すると、自分のブランドに引き寄せて考えやすくなります。

1つ目は場所の問い──どこで体験を提供できるか。

ハイアットは120平米のスイート、極楽湯は18店舗の温浴施設。規模はまったく違いますが、共通するのは「ファンが身体ごと入れる空間」を持っていることです。店舗、施設、商業空間、観光地、駅、水族館、商店街。「うちにIPコラボに使える資源はあるか」を「うちが提供できる体験時間は何時間か」に問い直すと、同じ場所がまったく違う資産に見えてきます。

2つ目は時間の問い──何時間その世界に居られるか。

ハイアットは1泊24時間、極楽湯は半日3〜5時間。コラボカフェの1〜2時間とは桁違いの設計です。1日券、1泊2日、半日滞在型、回遊型イベント。時間の単位を意識して伸ばす工夫が、立ち寄るコラボと体験型コラボの分岐点になります。

3つ目は仕掛けの問い──没入感をどう作るか。

ハイアットは30匹のピカチュウ配置と限定メニュー、極楽湯はコラボ風呂8種・声優の館内放送・限定タオル・ハッシュタグ。事例に共通するのは、空間装飾・限定アイテム・音響演出・SNS連動という複数の仕掛けを重ねていることです。

すべてを一度に揃える必要はありません。

最も得意な1つから始めて、回数を重ねるごとに他の仕掛けを加えていく。それで十分に機能します。

まとめ:体験型のIPコラボ=ファンを観客にしないこと

体験型IPコラボの設計原理を1行で表すなら、こう書けます。「ファンを観客にしない」。

グッズを買わせる発想から、カフェで滞留させる発想を経て、いまはファンを作品の世界に入れる発想へ。私たちマーケターが扱うべき問いも、あわせて変わってきました。「うちのIPで、どんな商品を作るか」ではなく、「うちのIPの世界に、ファンをどう招き入れるか」へ。

ホテルか、温浴か、それとも別の何かか。スケールも形も、選択肢はこれからも増え続けていくはずです。1人当たりの深さで勝負する時代に入った以上、ファンを観客にしないという発想は、これからのIP活用の基礎前提になっていきます。

この波に、あなたのブランドはどう乗っていくのでしょうか。その問いを立てるところから、次のIP活用は始まっていきます。


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NOKID編集部

1000件以上の映像制作実績を誇る株式会社NOKIDの編集部メンバーが監修。キャラクター・アニメーション分野のノウハウやトレンドの活用手法の紹介が得意です。

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