ぼのぼのはなぜ40年続いた?作者が哲学を狙わずに置いた、考えのかぶらないキャラ

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ぼのぼのはなぜ40年続いた?作者が哲学を狙わずに置いた、考えのかぶらないキャラ

連載が始まる前、漫画家のいがらしみきお氏は、FAX用紙の端にラッコのいたずら描きをしていました。漫画にするつもりはなかったそうです。それを見つけた担当編集が出した注文は、このラッコを主人公にしてほしい、という一言だけでした。

そのラッコが、ぼのぼのです。1986年6月号の『まんがライフ』で連載が始まり、2026年7月には第50巻が出ました。

40年も続くキャラには、何か秘密があるはずだと考えたくなります。ぼのぼので思い浮かびやすいのは、日常を描くかわいいキャラだから子どもに受け、そこから親も知った、という説明です。かわいく作った自社のキャラを3年続けてきた担当者なら、子ども向けの入口を持たないうちのキャラは長く続かないのでは、と感じるかもしれません。

ぼのぼのは哲学的と言われることもあり、NOKIDもはじめは、哲学的なものが根っこにあるから続いたと見ていました。ところが作者は2020年のインタビューで「最初は哲学とかやるつもりはなくて」と語っています。作者が置いたのは、考えのかぶらないキャラでした。そのキャラ同士の会話が、人間関係と同じ出来事を起こし、40年分の話になっていった、とNOKIDは見ています。

秘密は、語られてきた場所とは別のところにありました。FAXの端から始まった40年を、作者と担当編集、アニメの監督の言葉で順にたどり、最後に、作家のいない会社の自社キャラに何を足せるのかを考えます。

目次

ぼのぼのはなぜ人気?40年続くキャラに語られてきた「秘密」

ランドセル、親子向けの本の催し、子どものころに見たテレビアニメ。ぼのぼのは、子どもや親子の場にも並ぶキャラです。その姿から、日常系のかわいいキャラだから子どもに受け、親も知った、と説明されやすいキャラでもあります。かわいさが好きになる入口として残っていることは読み取れますが、子どもから親へ広がったという記録は見つかりませんでした。

日常系のかわいいキャラ、子どもに受ける、親も知る、という説明の流れと、記録で支えられたのはかわいさが入口であることまでで、子どもから親へ広がった記録は見つからないことを示した図

ぼのぼのは、1986年に始まったラッコの4コマ漫画

ぼのぼのは、漫画家のいがらしみきお氏が描く4コマ漫画です。主人公のラッコのぼのぼのが、友だちのシマリスくんやアライグマくん、スナドリネコさんたちと森で暮らしています。

連載の第1回が載ったのは、漫画誌『まんがライフ』の1986年6月号です。連載はいまも『まんがライフオリジナル』で続いていて、2026年7月16日に第50巻が発売されました。

テレビアニメは、1995年のテレビ東京と2016年からのフジテレビの2回作られています。2回目のシリーズは今も続き、2026年8月8日に第524話が放送されました。

では、この長さは、なぜ生まれたと語られてきたのでしょうか。

参考:「ぼのぼの」原作コミックス最新50巻が本日7/16発売! - PR TIMES

「日常系のかわいいキャラだから受けた」という見方

ぼのぼのの権利を扱うADKエモーションズは、2026年2月に子ども向けのランドセルを発売しました。版元の竹書房も、2026年5月の親子向けの本の催しで作者のサイン会を開くと発表しました。

アニメも、子どもが見る入口でした。1995年の最初のテレビアニメは、作者の要望でギャグの多い作りになったと、アニメ制作会社エイケンの年表は説明しています。2020年に作者へ話を聞いた本の情報サイトの聞き手も、このアニメを子どものころに見て怖い思いをした人が周りにたくさんいる、と話しています。

子どもや親子の場に置かれている姿を見れば、日常を描くかわいいキャラだから子どもに受けて、そこから親も知ったのだろう、と考えるのは自然です。長く続くキャラの理由として、思い浮かびやすい説明でもあります。

自社のキャラが長く続かないのは子ども向けの入口を持たないからだ、と感じているなら、それもこの姿を見た自然な受け取り方です。では、この説明はぼのぼのの記録でどこまで支えられるのか。かわいさと、子どもから親への広がりを、順に確かめます。

参考:2/20(金)より、ぼのぼのランドセル発売決定! - PR TIMES

参考:『ぼのぼの』著者 いがらしみきお先生のサイン会開催「上野の森親子ブックフェスタ2026」出展のお知らせ - PR TIMES

かわいいキャラは、好きになる入口として残っていた

NOKIDは2026年10月16日、めちゃコミックの『ぼのぼの』のレビューを全ページ読み、以前に作品に触れていたと読める47件を1件ずつ分けました。読み直して挙げる良さが、かわいさ・癒し・笑い・懐かしさ・世界観だけのものは27件、言葉や哲学は18件、両方は2件です。

数えたのは、この電子書店でレビューの本文が読めた127件で、書き手は匿名、年齢も分かりません。投稿は2018年に集中していて、世の中全体の割合を表す数字ではありません。

かわいさや笑いは、子どものころに好きになる入口として働き、大人になって読み直すときにも残っています。3年前、パッケージで目を引くかわいさを一番に考えて自社キャラを作ったのなら、その判断は入口としては外れていません。

ただ、かわいさだけで40年分の話を説明しようとすると、次に何を足せばいいのかが見えなくなります。数字では確かめられませんが、かわいいぼのぼのがのんびりしているだけの漫画なら、ここまで好かれなかった、とNOKIDは見ています。

参考:みんなのレビューと感想『ぼのぼの』 - めちゃコミック

子どもから親へ広がった、という記録は見つからない

日常を描くかわいいキャラは子どもに受けて、そこから母親も知る。先に見た説明が当てはまるなら、子どもから親へ伝わった記録や、子どもの人気調査の上位に、ぼのぼのの名前が出てくるはずです。ところが、NOKIDが今回集めた取材記事・発表・レビューの中に、子どもから親へ広がったことを示す記録はありませんでした。

見つかった家族の記録は、逆向きの1件です。ミュージシャンの田中ヤコブ氏は、2026年4月の作者との対談で「親がいがらし先生の作品が好きだったんですよ。」と話し、生まれたころから漫画を読み、アニメはそのあとに見たと語っています。

バンダイが2017年に0〜12歳の子を持つ親800人に聞いた好きなキャラクターの調査でも、上位一覧にぼのぼのはありません。上位に入らないことは子どもに知られていない証拠ではありませんが、子どもの人気が親を呼んだと言える材料にもなりません。

日常系のかわいいキャラだから子どもに受け、親も知った。この説明のうち、ぼのぼのの記録で支えられるのは、かわいさが入口になっていることまででした。3年目の自社キャラに次に何を足すかは、この説明からは決められません。

親が子へキャラを手渡していく話は、森永チョコボールのキョロちゃんの事例で扱っています。

では、外からではなく作り手の側から見ると、ぼのぼのの始まりはどんなものだったのでしょうか。

参考:バンダイこどもアンケートレポート Vol.236「お子さまの好きなキャラクターに関する意識調査」結果 - バンダイ

ぼのぼののキャラは、煮詰まった作家のFAXの端から始まった

ぼのぼのは、人間を描く漫画に行き詰まって休業した作家が、FAX用紙の端に描いたラッコから始まりました。それを見つけた担当編集が出した注文は、主人公をラッコにしてほしい、ということだけです。40年続くキャラの始まりは、大きな企画でも、作り込まれた設定でもありませんでした。

作者の休業、FAX用紙の端のラッコのいたずら描き、担当編集の一言の注文、1986年の連載開始という、ぼのぼのの始まりの4つの段階を示した図

人間の青年を描くのに煮詰まり、休業した作家

ぼのぼのを描く前のいがらし氏は、人間の青年が主人公の漫画を多く描いていました。2026年4月の対談では、描いてきた作品が自分の後ろに続き、それを引きずって歩くような感覚で煮詰まっていたと振り返っています。

そのうえで作者は、「だからそれをスパッと切るつもりで一度休業して、その後に描いたのが『ぼのぼの』です。」と語り、「人間の姿形をしたものは、もうあまり描きたくなかった。」と続けました。そうして描き始めたのが、動物の世界です。

2020年のインタビューでも、作者は人間の社会に好きとも嫌いとも言えないものを抱いていて、動物ならそうではない世界が描けるかもしれないと思った、と話しています。

40年続くキャラの始まりにあったのは、満を持した企画ではありませんでした。行き詰まった作家が、それまで描いてきたものを一度切り離し、人間を描かずに済む動物の森を選んだところから始まっています。

3年続けてきたのに、何が残ったのかをうまく言えない。そんな行き詰まりは、長く続いたキャラの始まりにもありました。

参考:家主 田中ヤコブ×いがらしみきお 対談 - リアルサウンド

FAXの端のいたずら描きが、主人公になった

主人公がラッコになったきっかけを、作者は2018年のフジテレビのインタビューで語っています。テレビで初めてラッコを見たとき、お腹の上で貝を割るときにもクルンと回ってしまう姿に目が留まった、と。「そういう不器用なところが、琴線に触れたんです。」

その後、松島水族館で実物を見てさらに惹かれたものの、ラッコを漫画にするつもりはなかったといいます。作者は「FAX用紙の端の部分に、今の『ぼのぼの』に近いような形でラッコのいたずら描きをしていたのですが」と話し、それを見つけた担当の編集者が、このラッコを主人公にした漫画を見てみたいと言ったのが始まりだった、と続けています。

鳥羽水族館を訪ねた雑誌の取材でも、作者は1980年代に初めてラッコを見て、「のんびりして一切媚びないのが面白いな。」と思ったと振り返っています。

主人公は、狙って作り込んだキャラではありませんでした。作者が好きで、漫画にするつもりもなく描いていたラッコを、編集者が拾い上げたものです。

自社のキャラが、大きな企画会議ではなく一人の担当者の企画から始まっていたとしても、それだけで先は決まりません。

参考:総部数900万部超え!元祖癒やし系動物4コマ漫画『ぼのぼの』作者のいがらしみきお先生にインタビュー! - フジテレビ

参考:海獣たちのいるところ。三重〈鳥羽水族館〉 - BRUTUS.jp

担当編集の注文は「ラッコの主人公」だけ

連載の始まりからぼのぼのを担当している竹書房の編集者、辻井清氏は、2021年の取材で、作者に出した注文は一言だったと明かしています。「僕が言ったのは“ラッコの主人公”にしてくださいと言っただけです。」

ほかには、面白いところは面白いと伝えるだけで、「わからないところは自分がわからないだけであって、他の人はわかるかもしれないから、一切何も言ってないです。」と辻井氏は話しています。

作者も同じ取材で、辻井氏の良さに、褒めるところが的確なことと「ほっといてくれるところ」を挙げました。わかりやすい作風にしようと言われても自分には描けない、辻井氏はそういう無理強いをしない、「それが長くつづいた要因でしょうね」と語っています。

外から決めたのは、主人公がラッコであることだけでした。編集者は、自分にわからないところには口を挟んでいません。作者は、その決めなかった部分のほうを、長く続いた理由に挙げています。

キャラの企画には、上や周りからの注文が増えがちです。ぼのぼのは、作家と編集者という関係の中で、最初の注文を一言にとどめたまま40年続きました。会社の企画の進め方にそのまま移せるかは今回の材料では言えませんが、注文を重ねなくてもキャラが続いた例にはなります。

秘密があると語られるキャラも、始まりは小さく、狙いのないものでした。では、そこから作者が描こうとしたのは、哲学だったのでしょうか。

参考:『ぼのぼの』連載35周年で作者が語った制作秘話 - 週刊女性PRIME

ぼのぼのの作者は哲学を狙わず、考えのかぶらないキャラを置いた

作者が取材で語った言葉を年の順に並べると、哲学という言葉の扱いが見えてきます。作者は、哲学をやるつもりでぼのぼのを描き始めたわけではありません。最初に置いたのは、考えのかぶらないキャラでした。哲学的な雰囲気は、連載の初期に描いたある1話のあとで出てきた、と作者自身が語っています。

作者が2020年、2021年、2026年の取材で語った言葉を年の順に並べ、哲学を狙わずに考えのかぶらないキャラを置いたことを示した図

作者は「哲学とかやるつもりはなくて」と語った

ぼのぼのは、哲学的と言われることもある作品です。2012年には『ぼのぼの名言集』が上下巻で出て、下巻には哲学者の内山節氏が解説を寄せました。子ども向けのランドセルの紹介文も、ぼのぼのを「ときに哲学的な悩みを抱えながら」世界を見つめるキャラと書き、エイケンの連載40年の年表は、1993年の劇場版を原作の哲学的な色合いがさらに濃い作品だと説明しています。

NOKIDも、はじめはそう見ていました。同じ見方を、作者に正面からぶつけた人もいます。2020年、朝日新聞社の本の情報サイト「好書好日」のインタビューでは、聞き手が、どうしてぼのぼのは哲学的というか宗教的なのだろうと思っていた、と作者に尋ねています。

作者は、動物なら人間の社会とは違う世界が描けるかもしれないという気持ちはあったが、それが哲学的かどうかはわからない、と答えます。そのうえで「最初は哲学とかやるつもりはなくて」、何か中身のある漫画にしたかったのだろう、と続けました。

2024年のインタビューでも、作者は、漫画家になりたい気持ちは早くからあったものの、「どういう漫画を描きたいというのは実はありませんでした。」と話しています。

哲学が40年続いた理由なら、作者は哲学を込めるつもりで描き始めたはずです。本人の言葉は、その反対でした。哲学的と言われる雰囲気は、描き始めたときの狙いの中にはなかったことになります。

自社のキャラに名言や深い考えが無いことは、それだけで長く続かない理由にはなりません。哲学的と言われるぼのぼのも、哲学から作られたわけではなかったからです。

参考:『しまっちゃうおじさん』誕生秘話 『ぼのぼの』作者いがらしみきおさんインタビュー - 好書好日

参考:40歳になる、わたしたちへ。第4回/いがらしみきお「なりたいものになれた。それが全てなんです」 - 東京黎明ノート

参考:「ぼのぼの名言集」で東野幸治がいがらしにインタビュー - コミックナタリー

少年漫画にしないため、考えのかぶらないキャラを置いた

では、作者は最初に何を置いたのか。2021年、連載35周年の取材で、作者は「少年漫画のようにはしたくなかった。」と語りました。目標を立て、みんなで集まり、毎日戦って成し遂げていく。そういう物語が要らない作品にするために、キャラクターたちを生み出した、といいます。

言葉にも決まりを設けていました。登場するのがみな動物なので、クルマやテレビのような人間しか使わない言葉や、会社や学校のように人間社会を思わせる言葉は出さないようにしていた、と作者は話しています。

そして、キャラの考えについてはこう続けました。「価値観がかぶらないキャラクターを出すようにしています。そうすることでキャラクターと会話がぶつかり、物語にリアリティーと奥行きが出るような気がします。」同じ答えの最後には、そうした中から「哲学的に聞こえるようなセリフが生まれたのかもしれませんね」と添えています。

2026年の対談では、同じことを別の言い方で話しています。漫画は「多面性で描くもの」で、アライグマくんのお父さんは「自分の中の一面を煮立てて煮立てて」味を濃くして完成したキャラだ、と。

作者は話の筋を先に決めず、キャラごとの考えをずらして置きました。哲学的に聞こえるセリフは、そのキャラ同士がぶつかる会話から出てきたのかもしれない、というのが作者自身の見方です。

キャラを長く続けるのに最初に要るのは、筋書きや決めゼリフより、キャラごとの考えの違いではないか。ぼのぼのの始まりからは、そういう見方が取れます。

参考:『ぼのぼの』連載35周年で作者が語った制作秘話 - 週刊女性PRIME

参考:家主 田中ヤコブ×いがらしみきお 対談(2ページ目) - リアルサウンド

父の傷の1話のあとで、作品に哲学的な雰囲気が出た

作者は、作品が哲学的になった時期も自分で名指ししています。連載初期の、ぼのぼのがお父さんの後をつけていく話です。

ぼのぼのは、お父さんが自分といないときに何をしているのかが気になり、後をつけます。周りに話を聞いて回るうちに、のんびりしたお父さんが、昔は「死神ラッコ」と呼ばれていたことを知り、自分の知っているお父さんは本当のお父さんなのかと疑い始めます。話の最後に、ぼのぼのは、お父さんの後頭部にあった噛まれた傷あとが、ふっと消えて治る瞬間を目にします。

作者は2021年の取材で、この1話を作品の転機に挙げ、「その話を描いたあとでしょうね、『ぼのぼの』が、一種の文学的、または哲学的な雰囲気を持つ作品になったのは」と語っています。

言葉を前に出す形は、むしろやめています。連載の初めのころ、作者は扉絵に簡単な詩を書いていましたが、生きてきたことが積み重なると前の詩と同じところにいられなくなり、「エスカレートしていく自分についていけなくなった」ので、扉の詩をやめたといいます。

哲学的と言われる雰囲気は、最初から備わっていた性質ではありませんでした。父と子という関係を描いた1話の先で、作品の雰囲気として出てきたものです。

3年目の自社キャラに深みが無いと感じていても、それだけでキャラを作り直す理由にはなりません。ぼのぼのでも、その雰囲気が出てきたのは連載が始まってからでした。

作者に伝えたいことはあった。それでも名言にはしなかった

ここまで読むと、作者は何も伝えるつもりがなかったように見えるかもしれません。そうではありません。2026年の対談で、作者は「私の漫画も、結局は自分の意見を描いています。」と話し、風邪をひいているときは風邪をひく漫画を描く、とも言います。

2023年、第48巻の発売にあわせた取材では、ぼのぼので「毎日の隙間(すきま)に幸せがあることを伝えたい」と語ったと記者が書いています。先に見た電子書店のレビューでも、読み直して言葉や哲学を挙げる人は少なくありませんでした。

ただし作者は、誰かを慰めたり励ましたりする力について「私にそういう力はないと思っているんです。」とも言います。自分のことを描いて、読んだ人がこういう生き方でもいいんだと思ってくれたら、それは読んでくれた人へのお土産のようなものだ、と。

伝えたい中身は、作者にありました。けれど、それを名言としてキャラに言わせる形は狙っていません。中身はキャラ同士のやりとりの中に置かれていった、というのがNOKIDの読みです。そう読むと、ぼのぼのは哲学的なものが根っこにあるから続いた、という冒頭の見立ては、中身があるという点では当たっていて、哲学という形を狙ったという点では外れていたことになります。

自社のキャラに伝えたいことがあるのは、間違いではありません。問われるのは、それをキャラに言わせるのか、キャラ同士のやりとりに置くのか、という置き方のほうです。

では、考えのかぶらないキャラ同士は、実際にどんなやりとりをしてきたのでしょうか。

参考:ラッコブームに生まれた『ぼのぼの』 いがらしみきおさんが語る - 毎日新聞

ぼのぼののキャラ同士の会話が、人間関係の話になった

ぼのぼのの森では、考えのかぶらないキャラ同士の会話から、夫婦の言い合い、親の介護、母の不在のような、人間の家族や人間関係で起きるのと同じ出来事が描かれてきました。作者は、その一部を人間の姿では描けなかったかもしれないと話しています。アニメで入口の作りを変えても、こうしたキャラの関係は残り、話は続いてきました。

考えのかぶらないキャラ同士がぶつかる会話から、両親の言い合い、親の介護、41巻で明かされた母の死という人間関係の出来事が生まれたことを示した図

アライグマくんの両親は、人間の男女のように言い合う

2026年4月の対談で、ミュージシャンの田中ヤコブ氏は、すごく好きな場面として、アライグマくんのお父さんとお母さんが罪悪感をめぐって言い合うシーンを挙げました。ものすごく人間らしいやりとりなのに、動物がやっているからおかしみがある、と。

作者は、動物同士なら息苦しさを感じずに済むと答えています。両親の言い合いは、人間の男女の立場の違いがまともにぶつかり合うセリフの応酬だったので、「もし人間で同じシーンをやるとしたら、私には描けないかもしれない。」

アライグマくんのお母さんについて、作者は2020年のインタビューで、母親のキャラは強くなりがちだと話しています。「母親を出すと、大概男性よりも強いキャラになってしまうという傾向はあります。」そのうえで、自分の家も父がだめで、母がすべてを切り盛りしていた、と明かしています。お父さんのほうは、先に見たとおり、作者が自分の一面を煮詰めて作ったキャラです。

考えの違う父と母を置くと、人間の夫婦で起きるのと同じぶつかり合いが、動物の会話として起きます。作者が筋書きを用意したというより、置いたキャラ同士の考えの違いが、そのまま場面になっています。

話は、キャラ1体の性格や口ぐせからではなく、考えの違うキャラ同士の組み合わせから生まれていました。

シマリスくんの介護を、動物のキャラで描いた理由

同じ対談で、作者はシマリスくんの話も挙げています。シマリスくんが、年老いた両親の介護をする話です。

作者は、介護の話を動物で描いた理由をこう話しています。「それを動物で描くことで、読む人も距離感を取れて、そんなに深刻に受け止めなくてもよくなる。」現実に介護をしている人も、シマリスくんに感情移入できるのかもしれない、とも話しています。たとえ話のように、重い出来事を動物の姿に置きかえて見せているわけです。

夫婦の言い合い、親の介護、母の死。ぼのぼのに描かれてきたのは、大人の生活で起きる出来事です。作者自身も2024年のインタビューで、ぼのぼのは絵を見て楽しめる要素はあっても「子どもにはわからない話もありますから」と話しています。

いまの掲載誌『まんがライフオリジナル』を、版元の竹書房は「ファミリー向け4コマ誌」と紹介しています。家族で読める雑誌に、作者自身が子どもにはわからない話もあると言う、夫婦の言い合いや介護、母の死を描いた漫画が載っているわけです。

大人向けに作ったと作り手が語った記録は、今回集めた材料にはありません。そのうえでNOKIDは、この取り合わせが成り立っているのは、大人の生活の重い出来事を、動物の姿とキャラ同士の会話でやわらげて描いているからだと見ています。絵とギャグから入る子どもにも届いたのも、そのやわらげ方があったからではないか、というのがNOKIDの見立てです。

重い話をキャラにさせるかどうかの前に、どう描けば読む人が距離を取れるか、という問いがあります。ぼのぼのは、介護という重い話を、動物のキャラ同士の関係として描いていました。

父子家庭ばかりの森で、母の死が明かされたのは41巻

担当編集の辻井氏は、2021年の取材でぼのぼのの森の家族の組み方をこう話しています。「『ぼのぼの』に登場するキャラの家族構成は父子家庭ばかりです。」ぼのぼのの家にも、お母さんは出てきませんでした。

辻井氏は「ぼのぼののお母さんが亡くなったことは41巻で明かされたのですが」と続け、それまで読者は、なぜお父さんだけがあんなに子育てに一生懸命なのかと思っていたのではないか、と言います。エイケンの年表も、2016年・41巻の項に、ぼのぼののお母さんの登場を載せています。

辻井氏は、アライグマくんの家では、お父さんが1人で家庭を回し、お母さんは遊び呆けている、とも話しています。

母を描かない父子家庭の森として関係を置いたので、母の不在そのものが話の種として残り、41巻で明かされることになった、とNOKIDは読んでいます。

キャラの関係は、最初に全部を描き切らなくても、何年も先まで話の種を残せます。41巻で明かされたぼのぼのの母の話は、その一例です。

アニメで入口を変えても、キャラの関係は残した

アニメの作りは、時代ごとに大きく変わりました。1995年の最初のテレビアニメについて、作者は2020年のインタビューで、最初の打ち合わせで「原作は忘れてください」と話したと明かしています。エイケンの年表も、作者の要望で、原作にこだわらないギャグの多いアニメになったと説明しています。

原作ではめったに出てこないしまっちゃうおじさんは、このアニメを経て人気のキャラになりました。作者はこのキャラを、考えすぎることへの戒めのように描き、「こわい考えを止める存在でもあると思います。」と話しています。怖いはずなのに安心できる、という聞き手の読みには「描いてみたら出てしまいました。」と答え、ファンが広げてくれたので「私はそれに乗っかっただけかもしれません。」と振り返っています。

2016年からの2回目のテレビアニメは、反対に原作の話に沿って作られました。制作会社エイケンのプロデューサーは、ぼのぼののグッズが女性に人気だと知って原作に選び、「3世代が見るようなアニメにしたい」と語っています。

監督の山口秀憲氏は、説明しすぎると原作の世界観が壊れるとして「あえて原作マンガにあるナレーションを使っていません。」と語り、良い言葉ほど格好良く言おうとして過剰演出になる、と声の演技を抑えました。このシリーズは、2026年2月に第500話を迎える予定と発表されました。

入口の作りは、ギャグにも、原作どおりにも変わりました。権利側がそう説明した文はありませんが、それでも同じキャラで話が続いたのは、ぼのぼのとお父さん、アライグマくんの一家といったキャラ同士の関係を変えなかったからだ、とNOKIDは見ています。

パッケージやSNS、映像といった入口の見せ方は、相手ごとに変えてかまいません。変えずに持ち続けるのは、キャラの関係の側です。

参考:ぼのぼの:20年ぶりアニメ化の理由 制作会社エイケンに聞く - MANTANWEB

参考:歴史のこと。連載40年『ぼのぼの』年表 - エイケン

描きたい筋は無く、キャラに引っ張られた40年

40周年の記念サイトで、作者はこの40年を振り返っています。連載を始めたころは、とても長く続きそうな感じはしなかった。それでも「キャラクターたちに引っ張られて」あちこちを歩き続けていたら、いろいろなぼのぼのを描くことができた、と。連載30周年のときにも、30年は目指していなかったとコメントしています。「30年を目指していたわけではないので、いつのまにか30年たっていたという感じです。」

2020年のインタビューでは、続けてきた理由を、自分が描かなくなるとぼのぼのたちは死んでしまうので「かわいそうで、やめられない」と話しています。

こうして描かれた本編は、1〜50巻で6,400ページになりました。担当編集の辻井氏は2021年に「『ぼのぼの』って一度も休載していないんですよ。」と語り、東日本大震災のときも、作者が入院していたときも休まなかったと話しています。

作者は描きたい筋を先に持たず、置いたキャラに引っ張られて描き続けました。筋書きを用意しなくても、キャラ同士の関係から次の話が出てきて、それが6,400ページになった、とNOKIDは読んでいます。

ただし、ぼのぼのを描き続けたのは作家1人です。作者は2024年のインタビューで、毎日6時間ほど漫画を描いていると話しています。そうして描き続ける作家がいたことは、話が続いた条件の一つでした。

キャラの関係という根っこがあれば、話は作り手が毎回ネタを考えなくても生まれ続けます。ぼのぼのは、それを作家1人の40年で見せてきました。では、作家のいない会社の自社キャラには、ここから何を足せるのでしょうか。

参考:ぼのぼのと40年のこと。連載40周年&アニメ10周年記念サイト - エイケン

参考:『ぼのぼの』連載40年記念出版!自選集・原画集 同時発売 - PR TIMES

作家のいない会社の自社キャラに、ぼのぼのから足せるもの

ぼのぼのから自社キャラに移せるのは、作家の才能ではありません。考えの違うキャラを置いて、その関係を描くという作り方です。自社キャラに次の一手を考えるとき、見た目や決めゼリフを足すのか、キャラ同士の関係を足すのかを、並べて比べることができます。

自社キャラに足す次の一手を、見た目の手直し・決めゼリフ作りと、考えの違うキャラを置いてその関係を描くことの2つに分け、足す先とぼのぼので起きたことを比べた表

ぼのぼのも、FAXの端と一言の注文から始まった

振り返ると、40年続いたぼのぼのの始まりは、FAX用紙の端に描かれたラッコのいたずら描きと、担当編集の「“ラッコの主人公”にしてください」という一言でした。キャラの会社が大きな企画として作ったキャラではありません。

だから、自分の企画で通した3年目の自社キャラも、始まりの小ささを理由にあきらめる必要はない、とNOKIDは考えます。ぼのぼのを見るかぎり、続くかどうかを分けたのは、始まりの大きさではなく、置いたキャラの関係から話が生まれ続けたかどうかでした。

ただし、ぼのぼのを40年描いてきたのは作家1人で、作家のいない会社のキャラで同じことが起きるかは、今回の材料では言えません。言えるのは、始まりの小ささが、ぼのぼのでは40年続く妨げにならなかった、というところまでです。

見た目や決めゼリフか、考えの違うキャラとの関係か

ぼのぼのの作り手は、言葉や感動を前に出す形を、何度も避けてきました。作者は、連載の初めのころに扉絵へ書いていた詩を、やめています。

決めゼリフも押し広げていません。作者は2020年のインタビューで、スナドリネコさんの「それは秘密です」やシマリスくんの「いぢめる?」も、もっと広げれば広がったのに出し惜しみしたと語り、「私にはキャラを広げる度量がなかったんだと思います。」と話しています。

2002年の映画では、企画を担った竹書房の伊藤明博氏から、泣ける作品を作りたいと提案されました。作者はそのときを振り返り、「“泣かせにいく”のって、ちょっと格好悪いなと思ってたんですよ。」と話し、泣かせるつもりで絵コンテを描いていなかったと言います。2016年版の監督も、良い言葉ほど格好良く言わせないよう、声の演技を抑えました。

ぼのぼので話が生まれていたのは、名言として言わせる側ではなく、キャラ同士のやりとりの側でした。3年目の自社キャラに次の一手を足すとき、候補はこの2つに分けて並べられます。

次の一手足す先ぼのぼので起きたこと
見た目の手直し・決めゼリフ作りキャラ1体作者は扉の詩をやめ、決めゼリフを広げず、泣かせにいく作りを避けた。監督は良い言葉を格好良く言わせなかった
考えの違うキャラを置き、その関係を描くキャラ同士両親の言い合い、介護、41巻の母の死が話になった

どちらを選ぶかは、自分のキャラで決めることです。見た目の手直しは、かわいさが入口として残っていたように、入口を整える手にはなります。そのあとに次の話が続いていくかどうかを、関係を足す案と並べて比べておく価値があります。

参考:なぜ“ぼのぼの”が日本初(?)のフルCG長編に?―映画『クモモの木のこと』の舞台裏をいがらし先生に聞いてみた! - DF TALK

自社キャラが1体なら、考えの違う周りのキャラを

ぼのぼので話を生んだのは、アライグマくんの父と母、シマリスくんと年老いた両親、ぼのぼのとお父さんのような、キャラ同士の関係でした。関係は、キャラが2体以上いて初めて生まれます。

自社のキャラが1体だけなら、関係を足すとは、まず考えの違う相手を置くことから考えることになります。社内のほかのキャラ、商品をキャラにしたもの、キャラの家族や友だちなどが候補になる、とNOKIDは考えます。

作者は、アライグマくんのお父さんを、自分の一面を煮詰めて作ったキャラだと話していました。相手のキャラを置くときも、見た目の違いより、何を大事にし、何を嫌うかという考えの違いから決める置き方が取れます。

ただし、ここから先は今回の材料では確かめられません。作家のいない会社のキャラで、関係から話が生まれ続けるかどうか。かわいいだけのキャラでは続かなかったのかどうか。どちらもNOKIDの見立ての範囲です。かわいさが入口として残っていたという数も、電子書店の匿名のレビューに限った話です。

まとめ:3年前、そのキャラを作った動機に戻る

ぼのぼのの始まりは、テレビで見たラッコが貝を割るときにもクルンと回ってしまう姿が、作者の「琴線に触れた」ことでした。そして作者は、描かなくなるとキャラたちが死んでしまうので「かわいそうで、やめられない」と、描き続けてきました。

40年続いたキャラの秘密として思い浮かびやすいのは、日常系のかわいいキャラだから子どもに受け、親も知った、という説明でした。哲学的と言われることもあります。けれど作者は哲学を狙わず、考えのかぶらないキャラを置いただけでした。そのキャラ同士がぶつかる会話が、夫婦の言い合いや介護、母の不在といった人間関係と同じ出来事を起こし、40年分の話になりました。かわいさは入口で、話はキャラ同士の関係から生まれていました。

NOKIDの考えはこうです。長く続くキャラに要るのは、かわいい見た目や名言ではありません。考えの違うキャラ同士の関係という根っこがあれば、話は作り手が狙わなくても生まれ続けます。

3年前、自社のキャラを企画したときの動機を思い出してみてください。その動機に戻って考えると、次の一手は、売れそうな見た目や決めゼリフからではなく、このキャラの隣に誰をどんな関係で置くか、から選ぶことになるかもしれません。どちらを足すかを決めるのは、そのキャラを作った本人です。

企業がキャラクターを作って育てた例は、企業キャラクターの開発と運用の事例でまとめています。


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NOKID Lab「ぼのぼのはなぜ40年続いた?作者が哲学を狙わずに置いた、考えのかぶらないキャラ」株式会社NOKID、2026年11月4日公開
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